コペル
     
からだとの対話




 鈴木政春

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主な登場人物
コペル(星新太郎):26歳。大学4年で機械工学を専攻。出身は静岡県。大学進学のため東京の叔母の家で下宿。生来の虚弱体質で苦労している。
フランク:出身はカナダ。日本に帰化をしたユダヤ系日本人。職業は、施術家。根津神社の近くで施術院を開業。奥さんは日本人で、愛娘がひとり。
助教授の佐々木:38歳。コペルの通う大学の助教授。面倒見のよい体力自慢。
ケンジくん:28歳。助教授佐々木の弟。体調を壊し心療内科に通院中。
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あらすじ
ぎっくり腰で助教授の佐々木に担がれて、心体融和道という施術院に強制連行された虚弱体質を絵に描いたようなコペル。
みずからの将来の健康をかなえるために、施術家のフランクに週一度で5回のからだとの対話を試みる講座を受けることとなる。
機械工学を学ぶ理系の頭ともちまえの熱中する性格を武器に、コペルはフランクの講座を消化するよう努めるが。。。

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目次

第一章:『生存するという戦い』

第二章:『サンタクロースとの出会い』

第三章:『フランクの瞳に映るヴィジョン』

第四章:『体の使い方のミスに気づき、改めよ

第五章:『ボディスキャニングの目覚め』

第六章:『ボディスキャニング成果』

第七章:『パントマイムと立禅』

第八章:『立禅とパントマイムの成果』

第九章:『セルフ・メンテナンス』

第十章:『セルフワークの成果』

第十一章:『パート・ナーワーク』タオルマッサージと靭帯性関節ストレイン

第十二章(最終章):『全生の誓い』


あとがき

【コペル PDF/TXT データ】


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第一章:『生存するという戦い』

東京の理工系大学に通う青年、コペル
当然、コペルという名はあだ名だ。僕はまだコペルニクス的な大発見はしていない。
天動説を覆す地動説を唱えたニコラウス・コペルニクス。
他愛もないことだが理科の授業で地動説は誰が唱えたかという質問で、「コペルニクス」といったつもりだが、
弱弱しい僕の発音は語尾がかすむことが多くて「コペル(むにゃむにゃ)」と口ごもって聞こえたらしい。
先生が「コペル?なんだって?」と聞き返すと、僕がまた「えぇっと。それはコペルにぃ(むにゃむにゃ)」というやり取り。教室では大爆笑。
「星」とい本名が災いしコペルというあだ名に落ち着いた。


息抜きをかねて大学近所のコンビニに昼食を一人だけの買出しに。

今日は、バレンタイン・デー。

やさしい恋人がほしい。だが、毎年のようにコンビニのレジ横にあるチョコレートを今年も眺めるだけ。

頭脳明晰だが他力本願。だが自分ではそんな他力であることなど自覚はない。普通程度の大学生だった。
曲がったことは嫌いな性格。だから自分の背中の側湾が大嫌い。腕組みをしながら毎日のように同じことをつぶやいていた。
「背中の側湾をなおしてくれるところはないか。医者にはセカンドオピニオンで数箇所いった。だが思うようにならないんだよな」

も のごころついたときは、背中に大きなコルセットをしょわされていた。ドーマン法という這ってする運動をやらされたっけ。今はその運動の意味もわかるが、い まだに脊椎の側湾はずっとそのまま。親はこんな僕を心配してくれている。だがその心配が、時に僕のこころに足かせをはめてだめな子だと押しつぶそうとして くる。そんな息苦しさを感じて、僕は東京の親戚を頼って下宿をさせてもらった。一人で暮らすのは、絶対に認められないといわれ仕送りなしはきつすぎるか ら、親戚の家の一間を借りたということだった。
友達は少なかった。寂しかったが、宿命と思っていたから平気だった。いびつに首を振りながら歩く癖がある。子供のころはそれをみた他の子がへんてこなやつだといえば負けるとわかっていてもケンカをした。かわいそうだといわれることがつらかった。

側湾を背負ったことへ憤り、運命の不幸をうらんだ。
街中を歩く同世代のこどもたちをみいるとき、つぶやいたものだ。「いいよなぁ。なんで僕だけ変なんだろう。。。」
自己嫌悪と自尊心の根は絶やされた。
つっぱって生きなければ、割れかけた薄いガラスでできたこころが、壊れることを知っていた。

そんなことを、また、ふと思い出すよう頭をよぎった。
コンビにでは、いつもの昼食メニューのやきそばぱんとメロンパン、そして牛乳を買った。
チョコを買ってこれ見よがしに自分のデスクにおいても、わびしくなるだけだろう。






第二章:『サンタクロースとの出会い』

大 学の実験室。多くの化学薬品が試験管に入り、フラスコが暖められている。その部屋の一番奥のカーテン陰の狭いスペースで、コペルは「機械工学」の専門的な 卒論を書いている。隣にある正規のコペルの教室からスペースの関係で追い出されたから仕方ない。パソコンで機械の歯車やリンクをグルグルと動かしシュミ レーションをしながらの研究だ。複雑なシュミレーションも大学のスーパーコンピュータが適えてくれる。ときどき助教授の佐々木が見回りにやってきてくれ て、声をかけてくれる。だがコペルには、ここのほうがかえって集中して作業ができるので気に入っていた。

先ほど買い込んだ昼食をかぶりつきながら、期限が迫る卒論の実験をしようとしていた。
その矢先・・・・・。

研究が大詰めを向かえ連日連夜の実験作業。

中 腰姿勢で腰ほどの高さのデスクにある小さめな五節回転リンク機構を利用したロボットアームをのぞきこもうとした。まさにそのとき、周囲にも聞こえるほど の”ゴキッ”という嫌な音を立てた。その瞬間、体を胎児のようにしてうずくまり、必死に痛みをこらえた。年に3度はでてしまうぎっくり腰だ。こうなると一 週間は立てなくてトイレまではっていく。最低でも10日は患部がうずき、腰を曲げた海老のように歩くしかなかった。患部は3センチほど盛り上がりやけ火鉢 をおしあてられたようだ。熱い!焼ける!
何度も経験していたので、時間がたてば治ると思っても、額から出てくる脂汗はとまることはなかった。

たまたま見回りに来た助教授の佐々木が僕を見つけてくれた。助教授の知り合いの整体院がこの大学の近所にあるという。
だが、僕は「このままじっとしていたい」と力説したかった。どこの馬の骨かもわからない整体で、体を壊されてえらい目にあったという話もある。そんなことはまっぴらごめんだ!

だがあまりの痛さで声もだせない。顔ばかり引きつらせて訴えかけようとするから、かえって僕が痛みに苦闘していると早合点して。「わかったから、もう少しの我慢だ。すぐフランクのところへいくからな」ととぼけたことをいってる。
そして不本意だが助教授に背負われそのまま施術院へ連行された。それが僕の整体の初体験、そして恩師との出会いとなった。

最悪の気持ちで、根津神社近くにある施術院:心体融和道の門をくぐった。
期 待なんかなかった。むしろ、なにをされるかわからないため、恐怖と不安が渦巻いていた。厳ついオヤジにバキバキやられたらどうしようぉ!!僕はそんじょそ こらの虚弱体質じゃないんだ。小学校のマラソン大会で、なんで僕は女子に生まれなかったのか、切実に呪ったし。1500mなんて走ったら死んでしまうか ら。案の定、すぐに保健室のお世話になったし。それに学校だって、出席日数ぎりぎりだったんだぁ~!!

そ こで初めて出会ったんだ。異国の施術者であるフランクに。後で聞いのだが、彼は東京下谷に住むユダヤ系カナダ人。奥さんは日本人で、子供もいる。施術院の デスクの上に家族の写真が飾ってある。来日は日本で合気道を極めるためだった。だが日本をこよなく愛しそのままいついてしまった。日本語はあやういが、そ れはご愛嬌。うちの助教授とは釣り仲間で、妙に馬が合う。だが屈強な体の持ち主の助教授は一度もフランクの施術を受けたことはない。フランクはいいやつだ から大丈夫だろうという信念が、僕を背中にしょった助教授を走らせたらしい。ちょっとそれを聞いたときにはくらくらっとめまいをしたけど。


「ダイジョブですか?」

ぜぇぜぇと、あえぐ助教授に、フランクが驚いていた。

あいにくフランクの施術院は予約制で施術をしているという。普段は急患は受けていないようだ。だが、釣り仲間という同好会メンバーのたっての頼みだから二つ返事で了解してくれた。
「OK!私に任せて。ダイジョウブ、ダイジョウブだ」といって二の腕の太いフランクが握手を求めてきた。テレながら条件反射的に僕も手を出した。体は大きくてサンタクロースのようなのに、かわいい暖かい手をしているな。
「こちらの伊藤さん(お客様)の施術が終わったら、私、時間があります。ちょっとそこで横になってお待ちくださいな」
助 教授は他の生徒の指導があるからと、大学へ戻っていった。さっきまではすぐに連れ帰ってほしかったのだが、まだ、血相を変えてゼェゼェする姿をみるとわが ままもいえない。だって2キロは僕を担いで走ってくれたんだから。。。施術が終わったらまた迎えに来てくれると約束をしてくれて、大学に戻っていった。

僕は部屋で、フランクが施術をしてくれるまでどきどきしながら待つことになった。
コペルという欧米か!っていわれそうなあだ名を持ってはいるものの、外国人には接したことがない。なんだか日本人以上に緊張が。まいったなぁ。

室 内をみまわしてみたが、畳敷きで6畳と4畳の下町的空間。外からはカラコロとなる下駄の足音が聞こえてきそうだ。施術院といっても、下町のアパートを二部 屋間借りしているということか。僕もここの蛇の道はよく散歩をしたが、このような空間があるとは気づかなかった。部屋にはシンプルにマッサージベッドと、 あと木製の古びたデスク。デスクに備え付けの書棚には洋書の医学書らしきものが並べられていた。あとは壁にでかでかと釣竿と釣果の魚拓が。

目 の前でフランクが他のお客の施術をしている。お客は、年齢がおよそ50代くらいの男性だ。フランクと言葉を交わしていた。定期的に来ている口ぶりだ。フラ ンクがする施術というものを見ることができるいい機会だ。もし手荒なことをするようだったら、すぐに這ってでも逃げ出そう。だがお客との会話のムードを感 じ取るにしたがい気持ちが変わっていった。
フランクの口調、態度、そしてかもしだす雰囲気に、次第に包まれているようだ。ヒゲを蓄えたやさしい笑顔。瞳の奥に信頼を裏切らない不動の力がみなぎっていた。鼻につくような先生風を吹かすこともこれっぽっちもない。

ただ、どうもわからないことがあった。

それはお客の顔色はとてもよくつやつやしている。
健康そのもののようにしか見えない。一体どこに施術を受けにくる必要があるかがわからない。
患者と施術者との会話は、一言もなされていない。するのは互いの家族の話と世間話くらい。
でもフランクの迷いないムダのない動きには、なにをすべきかがわかっているようだった。
ボ キボキというような、骨がなるようなクラック音は聞こえてくることはなかった。お客の痛みにうめく声もなかった。30分もしたころから、静かにお客は寝息 を立てていたようにみえる。フランクが問いかけをすると、まどろみながら返事を返している。深く安らいだ、心地よい時間をすごしているのだろう。


そして1時間も時間がたっただろうか。
施術が終わり目の前で着替えをするそのお客と少しだけ話をした。

「若いの、大変そうじゃな。腰が痛いのかい?」気さくな下町のおじさんという感じだ。
「はぁ。ぎっくり腰をやってしまって・・・」
「そうかい、そうかい。ぎっくり腰はいてぇんだよな。俺もな、去年まではしょっちゅうぎっくり腰でひどい目にあったもんだった。だからね、痛いのわかるよ~」
「えっ?それじゃ、もうぎっくり腰にならなくなったってことなんですか?」
「そうだな。もう年が70になったから、この年でぎっくり腰にでもなりゃ、寝たきりになっちまうんでな。こうやって定期的に体の面倒みてもらいにきているんだよ」
「(70歳には、この人は見えないよなぁ。若く見える特別な人だっていうところか)」とちょっとあっけにとられた。

今 度は僕の番だ。目の前で施術の様子を見せてもらえたから、ここにきたときほどの不安は、薄れていた。それどころか、これから不思議なマジックを魅せてもら えるようなワクワクする。マジックだとしたらそのタネを暴いてみたい。理系の特長ともいうか、仮設を立て、実験し分析して、結果を導き出す。僕の体は、こ れからどのような化学変化が起こるのだろうか。まずは観察して情報収集だ。そんなことを考えておいたほうが、今の痛みから気がそがれるのでちょうどいい し。

さっきまではこんなイメージが僕の脳裏に浮かんでいた。
僕は腰が痛くて腫れている。その患部を強く押されたりしてボキッと治されるんじゃないかとびくびくしていた。今の十倍の激痛がくるんじゃないかと思えば、すでに今感じている激痛のことさえも忘れてしまえるのかもしれない。だが、そんな荒療治は、しゃれにならない。
こんな感じで恐怖におびえきっていた。

だ がそんなことを目の前の施術者がしないはず。そのことは先ほどの施術を見ていたからわかった。直感したのではなく、解ったのだ。きっと、僕も大丈夫だ。人 は、気に入らない人にちょっとでも痛くされれば不安と恐怖を抱いて、緊張し身を固め逃避しようとする。だが、気に入った人間に何かをされても攻撃されてる わけじゃないと思えるので寛容になれるものだ。そのような説得力をもった施術を、僕は見つめられていた。機械が僕は好きで、近所のフライス盤を扱う工場で 年季の入った職人が働く姿が好きだった。動きにムダがなく、迷いがない。頭の中には完成品ができあがっていて、それを作り出すプロセスが体にしみこませて ある。熟練した機械工は、僕の憧れだった。その動きをフランクはしていた。リズムとテンポがあってメリハリがある。体の足腰が動きの始まりにして目的の仕 事をさせている。切れ味のよい刀のように、その手のセンサーは力みなくミクロの凸凹をも見分けられるやわらかさを備えた手を持つ機械工と同じだ。それだけ で僕は、十分な積極的な興味を持てた。

マッサージベッドの上で、仰向けで横になるように指示をされた。だが、今の僕は、海老のように腰を曲げたまま横たわるしかできない。それをみて、そのままでの施術を試みてくれるという。

フランクは足首や膝裏、手首と肘周りを調整するのに時間をかけてくれた。
今まで気付かなかったが足首が固くて伸び縮みしてない。膝裏や肘内側に小石のような塊があるのに驚いた。ちょっと押されるとチクゥという鋭い尖った痛みを感じられ緊張した。
だがその固さをチェックしたら、あとは手首や足首、そして膝や肘に痛くない方向に徐々に圧をかけてくれるだけだった。
痛みも感じないし、ゆっくりとした動きで、治療を受けているということも忘れさせてくれる。
そ れからお尻の骨盤を緩める操作をした。仙腸関節という骨盤にある関節が施術をするときに重要ポイントになると、話で聞いたことがある。そういえば仙腸関節 という関節は不動関節といわれて動かないものだと書いてある本もあるが、それは死体の解剖のときの話で、生体の仙腸関節は動くのだという人もいるそうだ。 どちらが正しいのかはわからない。だが、骨盤の調整を受けていると、骨盤周囲の筋肉が緩むだけではなく、肩とか首とか、体の隅々まで緩んでいく体感を感じ られた。
確かに眠くなってくるわけだ。緊張していた体が解けてきた。
一人でベッドに横になるよりもずっと早く回復している自分に驚く。
先ほどまでの痛みが、20%、いや30%も緩んだような気がしてきた。

そ れからお腹の奥にある大腰筋という筋肉や内臓、横隔膜の固い部分を緩めてくれた。さすがにここは最後にまでとっておいてくれた分、ちょっとズキンッとする 痛みが感じられた。だけど、考えてみれば腰が痛かったのに、なんでお腹の奥がこんなに強い痛みが出ているのだろう?フランクも「私は、ほんのちょっと触っ ただけね。ここはもとから炎症があった。だけどあなたは気づかなかっただけね」といった。こんなにもお腹の奥に痛いところがあるのに、人間って気づけない ものなのだろうか?教えられ認識できると、ぱっとそこの問題がクローズアップしてくるようで、ものすごく腹奥の不快感に違和感を感じた。そういえば、僕は 便秘と下痢を繰り返すときもあるし、ひどい胃下垂だってレントゲンを撮られたときいわれたし。腹の表皮が嫌な冷たさを感じていることもしょっちゅうだった な。
仕上げにといい、僕が眠くて意識が薄れるなか右の股関節部分を圧迫するような圧をかけてくれた。
フ ランクには何もいってはいなかったのだが、僕は生後に股関節脱臼して生まれてきていたそうだ。もうその脱臼した足がどちらかさえも思えてはいない。だがフ ランクがいうには「あなたは、右の股関節に古くからの問題があるようだ。外側広筋の状態もそれをあらわしている。骨盤のねじれ方も、そうであることを訴え かけている。これは一度や二度ではなおせるものではない。長いことかかるはずだ」という。
だが僕は驚いた。
「時間をかけてもいいんです。もしかしたら、僕のこの重くのしかかった苦しい体はなおるものなのでしょうか?!」いつも出さないような声を張り上げていた。

フランクは真剣な顔で「やってみなくっちゃ、わかりませんよ」と明確な回答を避けるしぐさをした。

一人で部屋でベッドに横に安静になっていただけでは、僕の体は年々弱っていくだけだった。それがわずかな時間でこれほどぎっくり腰の痛みが弱くなっている。そのようなことはおきないという信念と、おきてしまった現実。それに混乱していた。
ふと、部屋の壁掛け時計をみた。「えぇ?もう3時間もたっていたんですか!!」と、またまた驚かされた。
僕は施術を受けているときにできるだけどのようなことをされているか分析しようとしていて起きてたんだから。信じられない。

そのような驚く顔を観てフランクがジョーク交じりでいった。
「そう3時間たったのよ。3分でできるカップラーメンが60個もつくれちゃう。あなたが覚えてなくても、私、ずっと働きづめで、よーく覚えてるよ」

フランクはデスクの上のかごに入ったチョコを指差していった。
「こ れ私のお客様がくれた義理チョコレートね。こんなにいっぱいいただいて食べきれないでコマってます。よろしければこれとこれ、あげます。もって帰ってくだ さい」とやさしく暖かい笑顔で手渡してくれた。母以外からもらったはじめてのバレンタインチョコ。かわいい彼女からもらえる日が来ると信じていたのが、サ ンタクロースのような外人からになってしまった。恥ずかしいがうれしい。ひょっとしたら自分の虚弱な体が生まれ変われるかもしれない。そう変わっていく姿 をイメージしても馬鹿にされないだろうし裏切られないのではと、期待し喜んでいる自分。そんな自分に出会えるなんて夢にも思わなかった。いつもよりこころ が軽くなって、「じゃ、義理のキャンディをかってくるときは、カンパさせてください」とテレながらいってしまった。

結局はフランクのしていた施術というものが、どんな仕掛けになっているかは見抜けなかった。でも、そこにはでたらめなことをしているのではない原理・原則にもとづいているものだということはわかった。そう体の変化が感じ取ってくれた。今は、それだけで十分に満足だった。
理詰めに考える自分とは違うセンスをフランクは持っているようだ。おそらく僕以上に日本的な感性を持ち感受性が豊かなのだろう。


フランクはまだあまりムリに動かないほうがいいといい、助教授に電話をかけてくれた。実験室の脇には僕専用寝袋が置いてある。

今日はこのまま大学の校舎の中で寝よう。
明日になって僕の腰の痛みがどうなっているのか、楽しみ。







第三章:『フランクの瞳に映るヴィジョン』

フランクの施術院、心体融和道に担ぎ込まれて施術を受けてから、2週間が過ぎていた。

いつもだったらぎっくり腰をしたら10日間は、時間を無駄にする。トイレは這っていかなければならないし、いつもならば今頃はまだ寝込んでいただろう。
だがその翌日にはもう体の不調が劇的に減っていることがわかった。もちろん完璧っていうことじゃない。だけど、生きているのがやっとという苦悶の時間を送るまでの苦しみはなくて。立ち上がるとき、ヨッコラショと親父のような掛け声が必要なぐらい。

施 術をしてもらっているときに僕の腕や足の関節にあったボール状の硬いしこりに気づいた。そこで血が止まっていたから手足が冷たり、神経が麻痺してしびれて しまっていたんだということも察しがついた。年々、体の冷えの症状がつらくなってきて、このまま体が冷え切ってしまうから長くは生きられないと感じてい た。だがこのようなしこりを取れば、とってしまいさえすれば僕の体の血管のチューブは血を普通に流してくれるようになるはずだろう。フランクが、僕のそけ い部や肩の内側のしこりを触りながら「あなたの手足は血管がここでダムされてますね。こんな”ダム”は”ムダ”なんですな。オッホホホ!」だって。そうい えばこんなダムはムダっていうダジャレが好きみたい。

とりあえずフランクのおかげで順調に卒論の提出めどがついた。


就 職することも、前向きに考えてもいいかなと思い始めた。僕って、こんなにゲンキンなやつだったのだろうか。自力で生活費ぐらいはバイトで稼ごうとして、喫 茶店でウエイターの仕事をしたんだ。だが一日目で腰が痛くなって、二日目で熱が出て、三日目で辞職勧告。要するにクビになった。これじゃ社会に適応性な し。せめて最近流行のネットでFXをしてみたが。でも途中で、運悪く、景気がはじけた。ゲームオーバー。どうもついてなかった。

や はり、健康になって働けるほうがいい。僕は油まみれで働く工員になってみたかったんだ。近所にあった3人で働く小さな町工場で、僕はそこで教えてもらった ことが、今でも胸に残っている。「坊主。この一枚の金属板がな。どんな形にだってなるんだ」といって、とんとん、かんかん。「かなづちひとつでな。ほぉら よってぇ」といって、僕のためにスチール製の筆箱をこさえてくれた。それを今もずっと使い続けている。

だけど僕の小さな子供ほどの体格でしかない握力では重いハンマーは握れない。
目はギラギラしているがもやしっ子で運動神経はゼロというよりマイナスだ。それが何か欠けた人格を持って生まれたようで悲しかった。
町工場の社長がいっていた。「お前には、工員はむりだよ。だけどよ。今はな、機械の時代だ。機械を知れ」
そういいながらさびしそうだった。仕事がなくなってリストラしていく職人たち。
今、思えば、この町工場は今は3人で仕事を回している。だが昔は10人、働いて活気があったときがあった。
「機械を使えりゃ。そうすればこの俺が坊主を雇ってやっからよ」と無責任なことをいって笑っていた。
「僕は、でもこんな筆箱を作りたいんだ。そんなものを作り出してみんなを喜ばせる仕事をしてみたい」

そんなやり取りがあったことを、今も懐かしく思い出す。
大学進学は、機械を使えりゃというキーワード通りに機械使ってする工業を学ぼうってことで、機械工学。
三つ子の魂、百まで。

だ けどその町工場の社長は、年老いた最後の職人を解雇した。僕の筆箱を作ってくれたやさしい職人。機械化が進むことで、手仕事で味のある仕事をする職人の職 場が奪われているのだろう。今の時代は、職人の動き方や仕事の方法をセンサーでデータをとり、分析して機械にそれをやらせたりする。それはITの力を使う 革命的な進歩でもあるが、たたき上げの職人がいなくなれば、次はないのに。。。

教授の下した卒論のハードなノルマをどうにかクリア。ずいぶん助教授の佐々木先生に、世話になった。それだけじゃなく、助教授には世話になった。
そ んなときに助教授が、僕を釣りに誘ってくれた。唐突で驚いた。多摩川の支流にあたる秋川渓谷へ渓流釣り。3月にヤマメが解禁になる。その釣りにフランクも 参加するということだ。僕は、あれから卒論が忙しくてお礼もいえなかった。それだけじゃない。大学院に行くことを希望していたので、卒論を書いた後は時間 ができる。僕のプランはそこでフランクに施術をお願いしてなおしてもらいたかった。そうやって僕の未来は明るく輝く。だから、フランクにそのことを頼もう と思っているんで絶対に参加希望しなくっちゃ!


見回せばそこに、奥多摩の自然界。

ヤマメを狙うということで、助教授と僕は秋川渓谷の岩をさかのぼり絶好のポイントめがけて行軍した。死ぬほど息が切れていたが、先だってのように助教授におぶってもらうわけにはいかない。足を岩場に取られながら進んでいくと、岩の上に人影を見つけた。フランクだ。

フ ランクは僕を見つけ「おぅ。青年。もう腰はダイジョウブ、ですか?」って声をかけ、肩をぽんっとたたいてきた。そして僕の隣にいた助教授が「コペル、よ かったよな。俺にも感謝しろよ」って豪快に笑いながら僕の背中をバシッと。僕は咳き込みながら「は、はい。ありがたく存じ上げてます」と先日の礼をいっ た。
フランクは「あなたは、”コペル”さんなんですか。いい名ですね」ちょっと驚いたようだった。そして僕の顔を真剣なまなざしで見つめ、「君は、コペルニクス的な発見をする宿命を持っているのかもしれない。私にはそれが始めてあったとき直感でわかっていた」
そ して助教授が「そうそう、コペルは優秀なうちの学生っていうのは保証するよ」そういってにやりと笑いながら「だけどこいつぐらい強情なやつはいなくって な。死にそうな顔をしながらあれからずっと卒論を書き続けてたんで、こちとら危なっかしくてしかたなかった。弱々しいけど、いい卒論かいてくれたよ」
フランクはやっぱりいった。「たまごの芸術的な立て方の研究ですか?」「そうですよ。僕は7つは理論的にたまごを積み重ねることができるっていう卒論を書いてたんです!」

そこからがもっと大変な行軍となった。
二人は僕の存在をもう忘れていた。
「もっといいポイントを知っているんだ。こないだ俺が見つけた絶好ポイント。おそらく誰も知らないポイントだ。どうだフランク、いってみるかい?」「もちろんだとも!」
やっと休めると思ったのにぃ。安心していた自分が甘かった。この二人は超人的な体力の持ち主だってことをこれから悟ることになるのだから。

沢 を登り、水に入りズボンはずぶぬれで、シューズはもう重さが5倍。山猿とツキノワグマが勢い切ってぐぉ~っと一心不乱に駆け上がる。そのあとにかかし男が コケながら、引き離されまいとついていく。途中は意識を僕は失っていたようなものだ。ただ置いてかれたら、のたれ死ぬんじゃないか。白骨化して誰にも見つ からず・・・。あぁ~そんなの絶対に嫌だ!恐怖と不安が僕に信じられないほどの歩く力を授けてくれた。

助教授がいっていた絶好のポイントには2時間も歩いてやっとついた。
川の中ほどに大きな岩があり、その影にヤマメが、それも尺ヤマメいるという。
岩の後ろ側が滝つぼのようになっている。水しぶきが絶えなく白くなる。きれいな渓流だがその場所だけは、水面下は影さえも見えない。

助教授はもう少し上流へ行って釣ってくると宣言し、いつしかフランクに僕を押し付けて目の色を変え嬉々として岩場をぴょんぴょんしながら登っていった。山猿はもう視界から消えた。5分して「コペルをよろしく」と山をこだまして聞こえてきたのがせめてもの思いやりか。


フランクはさっそく竿に仕掛けをつけ始めながら僕にいった。
「釣りをコペルがしているとは意外だな。よく私たちについてこれました。よほどの釣りバカさんだな」
心の中で僕はフランクに会えればよかった。あとは今後の施術をお願いすればいい。釣りには興味はない。そうこころで叫んでいたが、息が切れて言葉にはならない。

フランクはそんなことお構いなしに釣りの話をし始めた。その話は僕の視野を広げるためのメッセージにも聞こえていた。


「あ そこをみろ、コペル。水しぶきであそこだけ水中が死角だ」清らかな水が流れているようで、そこ意外は川底までしっかり見える。小魚が泳いでいる姿は、宙に 浮いているようにもみえるほどきれいだ。「尺ヤマメはあそこに身を潜めて隠れているんだ。ここでじっと様子をみていろ」すると20分も息を殺していわれた ところを注視していた。かわせみがいきなり視界にフレーム・インした。小魚を空中から狙っていたのだ。だが次の瞬間、40センチのヤマメが先にその小魚を 横取りして跳ね上がった。ヤマメとしては最大級だ。かわせみは勢いに押されて退き逃げた。イワナと交雑したヤマメなのだろうか。獰猛なほどだ。イワナの餌 は、トビゲラ、カワゲラなどの水生昆虫や陸生昆虫、さらにはサンショウウオ、カエル、ネズミなどを食べる。中には、胃袋から蛇が出てきた例も少なくないん だ。型が大きくなれば多くの釣り人から逃れ生き抜いた猛者。そこにいるとわかっても簡単に釣れるようなものじゃない。

フランクの、目の色が変わった。

そして僕にフランクなりの釣りの極意を語りだした。

「釣りをするには、水面ばかりを観ていてはダメだ。ヤマメの奴は水中で私たちの目にはみえていない。そこにいる。川面だけいくら観ていても奴の居場所はわからない。
水面に目的のヤマメはいないんだ。単純だけど忘れてはいけない。川の表面はみえるからわかりやすいが、観察力を活かして川底まで透視するんだ。
奴に挑むチャンスは少ない。一度失敗すればもう餌を食おうとはしなくなる。もうそこでその日の釣りは終わりだ」
瞳を閉じてウサギが周りの情報を集めるように、フランクの耳がぴくぴく左右に動いているように見えるけど。
「さあ、コペル。君ならどうやって挑むかい?」

そんなこといきなりいわれてもわかるわけはないが。きょとんとしている僕をよそに、また話を続けた。

「釣りをするときも、施術で人を癒すときも同じようなところがあるんだ」
「えっ?なんでですか」

「こ れは人体を見るときも同じことだろう?人の皮膚を観てもそこにしこりがあるわけではないんだ。的確に目的のしこりを見つけるには、しこりがあるところの匂 いを嗅ぐ。そして体温をはかり、しこりの深さや形状などを手の感覚で触ってみて。目で見て解る情報ばかりではディテールがつかめないのでどう解くか計画が 立てられない。役立たないのさ。
施 術を習いたてのころは、人体が表面的にしか見えてこない。それ以上は見えないからそうなのだが、皮膚の表面に問題の根っこがあるんだ。それが見えないうち にアプローチするというのは、不測の事故さえ起きかねないというのは本能的にわかる。グレーなところが歯がゆいし不気味に感じて怖くなるのだろう」

確 かに僕の体の中にあった固かったしこりに僕はいままで気づかなかったよな。見えてなかったからしかたないけど、施術をしているフランクには目に見えないも のを観ているというのだろうか。僕が見ている人体とフランクが観ている人体が違うということを知らされた。本当だろうか。今の僕には、目の前の川のように 皮膚の下はわからない。

た だわかったことは、フランクが釣竿を目的の川面に投げ入れたときのフォームの美しさだ。施術をしていたときのように、すばやく動いているのにスローモー ションで動いているような優雅な動き。僕の目は、そのモーションに引き込まれ吸い込まれてしまう。小手先で苦しまぎれに動く自分と、フランクの動きの質は 違うように思えた。どこが違うのかは表現できないが、違う。フランクの観ている”人間”はどんな姿をしているのだろう。僕はフランクに好奇心を持ちはじめ ていた。

ちょうどそのような大事な場面。

だっ たが、信じられない大声が聞こえてきた。助教授がこちらに駆け寄り「トッタドォォォ~ッ」と甲高い山猿の雄たけび。満面の笑みが小憎らしい。気合を入れて いたフランクの緊張の糸がぷっつん切れて、「信じられない!無礼千万」と怒り心頭で、この日の釣りを台無しにしてくれたということだけだった。





第四章:『体の使い方のミスに気づき、改めよ

心体融和道のベッドに僕とフランクは腰掛けて話をしている。
もう日が暮れていく。フランクは今日一日の仕事を終え、床をほふく前進している子供を眺めている。まだ生後1年経たない女の子だ。楽しそうに、フランクの足に絡み付いてきゃっきゃとはしゃいでいる。がじがじとフランクは足をかまれて悲鳴をあげている。

フランクの施術を、僕は無事に受けることができるようになるはずだった。
だ けどここは隠れた名店で、遠方からも多くのお客が訪れてくる。そしてひとりひとりのお客を大事にして丁寧な仕事をしている。すると一日にそんな多くのお客 を受け入れることはできない。「残念です。半年は予約を受け付けることはできないです」とフランクはWaiting Listを見せてくれた。するともう 半年かそれ以上の月日を待たされていることがわかった。僕ばかりムリをいって願い出れるほど、押しが強いほうじゃない。それにフランクはそのようなムリな 願いは受け入れてくれるはずもないことはわかっていた。

待てばいつか自分の順番はめぐってくるだろう。だけどそれがいつになるかフランクもわからないと、すまなそうにいった。お客の中には症状が僕以上に厳しい人もいるというからだ。

僕はお願いして3ヶ月もすれば、見違えるほどフランクが僕の体をよくしてくれていると勝手に想像していた。登ってから急降下したような気分だ。

その僕の様子を見てフランクはいった。
「コペル。今、君は学校が少し手すきになるからっていっていましたね」
「えぇ。数ヶ月は体を治すために、それに力を注ごうと考えていたので、大学院進学を半年後にしてもらえるように願い出てしまったんで」

「OK!では、こうしよう」
フランクは、ノートを取り出した。三角形の線引いて、三角の角の頂点に『体の操縦法』『施術のノウハウ』『こころの操縦法』とそれぞれ書いた。
フ ランクは熱い言葉で語った。「多くの日本人は、体の使い方のミスを気づいていない。そのことを私は悲しく思っています」そしてフランクは一枚の写真を見せ てくれた。やせた顔色が悪い男が部屋の中で笑顔でピースしている。よく見てみたらそこには点滴が置いてあった。そして見覚えがある顔だ。そう、この写真の 男はフランク自身だ!

フランクは語り始めた。
フ ランクは体が丈夫で格闘技が好きで、柔術をカナダの故郷でしていた。それがなにごとも熱中派で、いつしか自らリングの上に立つような夢を抱いていたそう だ。ヒョードル(Fedor Emelianenko) という格闘家に憧れ、昼夜忘れてつらい練習に明け暮れていた。そのときにどこかを怪我をしたわけでもないのだが、全身が急に動か せなくなってしまったという。腰痛や関節痛は昔から背負い込んでいたが、他の格闘家も五体満足な奴などいないことを知っているから、そんなことで音を上げ るのは許されない。そうやってムリにムリを重ねて蓄積したダメージが一気に吹き出たのだろう。多くの医師に助けを求めたが、いずれ現代医療では当時のフラ ンクの体を治してくれるようなことは想定されていないということを思い知らされただけであった。

それからフランクは、たまたま「フェルデンクライス身体訓練法」というフェルデンクライス・メソッドや「センサリー・アウェアネス」などの本に目がとまった。そしてそれまでは馬鹿にしていたカイロプラクティックオステオパシーなどの療法にも、自分の身を知る手がかりの一つとして取り入れるようにした。それから彼はそれらの分野を学び始め人体の奥深き世界へいざなわれた。
そうするプロセスで背骨がS字に折れ曲がっていたのが、以前よりも美しくまっすぐ伸ばせるように体が整い始めてきた。そのころには当初の肉体的な不具合はほとんど消えうせていたという。
大きな健康的なハンデを背負い失墜のそこから、フランクも這い上がってきた男だということだ。

日本に来たのは東洋のタオの世界に関心を持ち、たまたまYoutubeで関連映像の紹介から合気道の映像をみてからだった。大男が子供ほどの身長だろう男に、いいように投げまわされている。その妙技に惹かれたからだ。
フランクは感覚や感情にすぐれた人間で、来日後に始めた禅は日々かかしたことがないという。

「コ ペル。君は体の使い方を見直すべきだ。そうすれば6割はそれで体調は改善できるはずだろう。腰の痛みも半減するだろう。背骨のゆがみも半減するだろう。体 力も倍ほどはついてくるはずだ。ただし受身になって人から教えを待つのではなく、自分でを自らの体をコントロールできる主人になれたら、の話だ」

「どうだい、コペル。少しならば。そうだな、週一度で5回だけ私が君のために講習をする時間を割こうじゃないか」

「フ ランク。僕には、自分の虚弱した体が、動き方がかわるだけでそなにも改善するとは信じることはできません。悔しいけど、どうしても過去おきていた苦い経験 が積み重ねられ次から次へと思い出してしまい、くじけさせてしまう。こんな自分を僕は大嫌いだが、どうしても怖気づいてしまう」そういって下を向き唇を噛 みしめた。

フランクは僕の額と後頭部に手を当ててつぶやいた。「私はコペルが新たな人生をつかみとろうとしていることを知っている。その手助けをすることは、以前から決まっていたような気がしてならない。さぁ、まずは君は、君が自分自身に与えた呪縛の呪文を解くことから始めよう」
「想像してごらん。今より丈夫な体になった自分を。細部までリアルにだ。どうだい、できるかな?もしイメージできたら右手をあげて」

僕 はその言葉を聴いたときに、脳裏に浮かんだ丈夫な体はというと。目の前にいるフランクのような体だ。いったいどのようにしたら、やせ細ってベッドに横た わっていた男がたくましく生まれ変わったのか。それが知りたかったし、僕もそうなりたいと感じたんだ。おそらくフランクが僕に見込みがあると太鼓判を押し てくれるんだ。僕自身を信じることはできないが、僕はフランクは信じられる。
そして右手をあげた。

「OK!それではこれから毎週のこの時間に、私はコペルに、君の体を理想系に近づけるためのコーチをしてみようじゃないか」


「そ うそう。忘れるところだった。コペル、今見ている自分の姿をいつでも思い出せるようにしておこう。左手の親指、人差し指、そして中指の三本の指を合わせて みて。そしてこう念じるんだ。『私はいつでも左手の指を合わせたときに、今見た映像を即座に思い出すことができます』ってね」


僕 は、急降下した感情が急上昇へ変わった。フランクの特別なコーチがあれば、今までの僕には気付けない大切な視点を伝えてくれる。暗闇の中で小さなろうそく の火をともし周りを照らされるだろう。ただ忘れてはならないことがある。これから教えてくれるフランクのアドバイスは、彼が病床で一人、苦しみながら解決 してきた血のにじむ努力があって適えられたことだということを。






第五章:『ボディスキャニングの目覚め』

約束の一週間目がきた。第一回目の講習が始まる。

二人で根津神社境内を歩く。水の流れに仕切られた結界を過ぎ、神域の手前に石でできたベンチがある。二人で腰掛けフランクが口を開いた。
体のセンサー機能を活性化させて、取り戻し生きた動きを取り戻せ!というのが今日のメインの教えだ。そして今日のこの教えがもっとも大切な教えだからこそ、今までの自分の考え方のケガレを祓うためにここで教えることにする。それにしてもいつきても強い力を感じられる神社です」
さっきまでルンルン気分だったフランクが、いつになく真剣な顔つきに変わりました。戸惑いながらも、僕は口を開いた。
「体のセンサーというと、センサーの大本って脳科学というところまでいきつくということですか?最近は脳科学の本がたくさん出版されているから。僕もおそらく10冊は読んでますけど」
「コペル、脳科学の本も、学ぶのは結構だ。ただね、参考にはなるが、それだけでは君の体の中のダメージを自らが見つけ、浮き彫りにし、それを取り除こうとするには難しいのかもしれない」
そしてフランクは話を続けた。
「いいかい。世の中の出版されている本はね。その著者が自分の”体感覚”で重要と思うものを抽出したものだ」
「”体感覚”ですか。頭で考えたことだけでなく体で感じたことも含まれてかかれているのですね。面白い視点ですね」
フランクは話を続けた。「参考になるところはたくさんあるから読んでおいたほうがいい。でもそれを読んだだけでは使い物にならなくて、同じジャンルの本を繰り返し買っている人ってみたことはないかい?」

「そういえば、僕はフランクの施術を受けてから、ずいぶん整体やマッサージ関係の本を図書館で借り集めて頭に詰め込んだんです。僕は体が使えない変わりに頭の使い勝手は普通ぐらいにいいから、本は2度も読めばほとんど記憶できるんだ」
僕はかばんの中からディープ・ティシュー・マッサージの本を取り出した。
「だ けど。施術の本は具体的な内容が書かれているはずなのに、僕にとって人間の体は研究した経験がないため未知のもので抽象的なディテールを削り取った抜け殻 のようなものにしか見えていない。フランクの皮膚の下を見透かして問題点を浮かび上がらせる視点を知っていたから。問題点がまったく見つけられていない僕 が、このようなマッサージをしてもいいのかどうか当惑するばかりだった」

「コペル。やはり君は施術の世界に興味を持ち始めたようですね。。。」フランクが右の口角をあげてニヒルに笑い話を続けた。

「施術の本は一般書店で、いまはいくらでも買えるさ。それに専門書でさえもAmazon.COMで買えば大都市以外に住む人も数日待たずして手に入るだろう。つまり施術をする上での情報格差はプロの施術者も小さな小学生でも大差なくなってきている。そうじゃないかい?」
「確かにそうだと思う。都立図書館にいけば、大半の手技療法の本もあったよ」
「た だ情報は情報に過ぎない。それをどう吸収してどう使うかだ。使えない情報は、いずれ忘れ去られる。だから本当は施術を学ぶときには、人体の機能を熟知して いるものには施術の本でも良書といわれるものを持てば、そこから著者の体験した体感覚が脳裏によみがえるだろう。一般書や一部の専門書の本には、そこが書 いてありそうで明確には書かれていない部分があるように思う」
「情報はいくらもっていても役に立たなければダメってことですか」
「た とえば音楽家に、バッハの曲を聞いたときにアナリーゼという作曲者の生きた時代背景や曲を書いたときの状況を理解するという。だから彼らが曲を演奏すると きには自分が理解したバッハと語り合っている。そこにあるのは音符の羅列じゃないんだ。でも私のような聞くだけの男にはそこまではわからないからな。もし 曲をピアノで弾こうとしても、技巧までは読み取れるが、それ以上の厚みはだせないんだ」
「同じ楽譜を見ても理解の深さが違うっていうことですか?」
「そういえるだろう。情熱的にがんばっている人は、観ているものの深さが、一般の人とは明らかに違ってくる。そうしてよい職人といわれるものだ。こだわりの職人は、促成栽培的にできるものじゃない。わかるだろう?」
「は い、そうだと思います。今の時代でも、すたれずに活躍し続けられる職人は、少なくなりましたが。。。その一握りの職人は常に時代の先を予測しながら生きて いるのでしょう。自分だけのものをもてば、価格競争のないものづくりを続けられることをわかっていると思う。それがなければ職人はこれから先細りでしょ う。。。」
「いいものをつくる職人は、お客が手にすれば喜ぶような工夫をたくさん織り込んでいくものだ」
長い時間をかけ、深く、多角的に学んできた。そうじゃないといい職人にはなれないって、小さいころに遊びに行っていた町工場のおじさんがいってた」

フランクは語気を多少強めてこういった。「でもね。自分の本来の体を取り戻すために、君はそこまでする必要はない。とにかく私のいうことだけを集中してエクササイズし、課題をこなしてほしい」
「そうですね。僕にはそうなれる自信がないから。専門的な本を多く読み込むのは好きだから問題はない。だけど決定的にフランクと僕が見ている世界が別物のように感じている。ひょっとして専門書を僕がひとりで読んでいても、見えてこないものがあるんじゃないか?

「そ うだ。察しがいいね。関節をまげて伸ばしてテストをするような整形外科で利用するチェック方法もある。それらは十分学ぶ価値のあるものだ。プロになるもの は絶対に身につけておかなければならない。だけど、それをしていると専門的すぎて覚えることは星の数ほどのように、君は感じてしまうだろう。それも、もう ひとつの独学を手軽にできなくなる理由なのだろう。もし私が民間医療に関心を持って専門書を初めて読んだとしたら、コペルと同じことをいっていただろう。 だから、少し違ったものの見方を伝えていきたい。そこには体内に意識をめぐらせて、五感の延長した感覚器官の発達が必要だろう。秘められている内部感覚という感覚器官を開発していく。これが今週のコペルへの課題だ」
「内部感覚って、白隠和尚の内観ということですか?自分のこころの内側を見つめていくという修行があったような覚えがあるなぁ」
「それもあるね。でも私たちの目的は?こころの修行も大切だけど、こころはつかみどころがない。フォーカシングという心理技法では、フェルトセンスという意識でこころや感情の形や量や色などを感じ取って表現していくだろう。そのようなものもいずれは必要になる。だが、今はその前にしなければならないことがあるんだ。徹底的な自己観察をするエクササイズだ」
「そ れはきっと先日フランクが言っていたフェルデンクライス・メソッドのようなエクササイズのことだね。僕もあれからすぐフェルデンクライス・メソッドの 『フェルデンクライス身体訓練法』という本を読みました。実際にそのとおり紹介されていたエクササイズをしてみたから、フランクがなにを言おうとしている のか薄々わかるような気がする」
「さ すがコペル。モーシェ・フェルデンクライスは柔道をしていて体を壊し当時の西洋医には見放されたが、独自にヨガなどのエクササイズをもとにして体調を取り 戻したという。私はそのことを聞いて自分もそうなりたいと必死に繰り返しその本は読み返していたよ。そして多くのことを学んだんだ。それならば話は早い な」
フ ランクは根津神社の脇に在する乙女稲荷のほうへ進む。多くの赤い鳥居が奉られた、少し高台になったところだ。僕についておいでと手招きをした。そこは少し うっそうとした感じ。僕には何か霊的なものを見たりできる感覚はないが、たまにお寺やお墓にいったり、事故現場を通ると体がいきなり重くずっしりした感じ になることがある。だからあまり怖いところにはいきたくないのだが。
フ ランクはこの地を聖地という。ときどき仕事が終わった後にこの場へ足を運び瞑想をしているそうだ。フランクは乙女稲荷の社殿横にある狐穴があったのかもし れない穴をふさいだところで手を合わせて小声でつぶやいていた。「この青年は、これから自らの無明を断ち、心身を取り戻そうとしています。どうかご加護を おあたえください」すると瞬時にその場の空間の重さが変わったように感じられた。体が少しだけふわりと軽くなったような。今まであまり感じたことのない感 覚だけど、不安感はない。
「そ れではここでは他に参拝の方々がおいでになるだろうから長い時間を割くことはできない。君からの質問は一切なしだ。いいかい?もし私がいっていることが気 に入らなくとも、ここだけの話として、そういう考え方もあるのだろう程度で聞いておいてくれればいい。まずは聞いて受け取ってほしい。あとで取捨選択して も遅くはないはずだ」そういって、僕の頭から手を離した。

「わかりました。お願いします」
「目を閉じて。これから私が君の額と後頭部に手を置く。少し眉間のところが圧迫感を感じるかもしれない。だが大丈夫だ」
「あっ、本当だ。フランクがいうとおり、ぐるぐる回転しながら押し込まれているような感じがする。この状態はフランクにもわかっているということなのか」
「黙って。もしなにかリアクションをとりたいときは、軽く右手をあげる程度にして」
「・・・・・了解」


フランクがいう。「まずは両手を頭を挟むように耳の上に置いて、聴覚のボリュームを落とすんだ」
さっきまで周囲の参拝する人々の視線やざわめきなどが気になっていたが、視覚と聴覚のボリュームが落ちるにしたがい気にならなくなってきた。

「は じめに。解剖学の本を眺めたとき自分の体の内部とオーバーラップしたほうが面白いと思わないかい?自分の体内感覚を蘇らせればインナー・ヴューは誰だって もっているものだ。小さな単細胞生物のアメーバさえも目がなくとも体内の状態を感じ取る器官をもっている。そして体の外を感じ取る視覚や聴覚や触覚と呼ん でもよいような器官だ。人体内部に、無数の独立したアメーバが共存していると想像してみて。細胞のひとつひとつが情報を確実につかんでいる。体の表面近く の情報をつかむ部分もあるだろうし体の中心近くの深い部位の情報もつかんでいる。すべてそれらの情報は、常に共有されたものと考えてくれ。本当は違うかも しれないが”脳”が、神経を通してすべての体内情報を把握できるように作られているとしよう。ここで大切なものは五感よりも原始的な細胞一つ一つが情報処 理をする能力があると気づくこと。そしてその力は目に見える体表部ばかりにあるわけではなく、背中にもある。内臓のなかにも、筋肉の中にも、それに骨のな かにもだ。そうであることをイメージして」
僕は右手をあげようとしたが、その手をわからないよという感じで人差し指だけを側頭部に近づけて「あれぇ~。どういうことかなあ」というしぐさをした。

「そうか。それではコペルはマトリックスという映画を見たことはある?」
僕の右手はこくりと、うなづいた。
「OK! そのときにマトリックスの世界がすべて数字で空間やすべてが表現されていたシーンを見たことだろう。人間もすべてデータで描かれてたよね。そのデータとい うものは体の表面だけのデータではないんだ。体の奥まですべてデータで表記されているんだ。そして現実の私たちもすべてデータで情報を描けるとしたらどう だい?体の奥の部分のデータが抜け落ちているようなことはありえない。体の隅々がデータでぎっしりと表記された宇宙だと思えばいい」
僕の頭は混乱中。やっぱりフランクは、とらえどころがない。ついていけるかちょっと不安。。。
「人 体を構成する原子レベルまで見ていけば、データの並び方にはフラクタルで描くことができる、ある種の計算式があるようだ。一本の樹木が成長していく過程を コンピュータで条件設定してやれば、かなりの精度で求めることができるだろう。樹木のフラクタル次元は1.31.8。自然界のフラクタルを複雑系の視点 で考えればそういうことだ。人間も自然界の一員。私たちが発生した卵のときから今に至るまで、フラクタルの条件がある程度まで当てはまる。その卵からはこ んな人間になるという宿命みたいなものがあるのかもしれない・・・・・。

あっ、脱線してしまった、すまない」

フランクは小さく咳払いをした。
「話を元に戻そう」

「これからしてもらいたいことは自分の体をCTスキャンで幾層も写真を撮ってみるような感じのスキャニング・トレーニングをしてもらい、自己観察力を深めようということなんだ」
「簡 単に言えば、スイカを買ってきて中身を探るとき、包丁で二つに割るよね。すると実が詰まっていてとかすかすかになっているとか様子がつかめる。それと似た ようなことを自分の体でやってみたい。もちろんCTは使えないし、包丁で切るのも、なしだ。先ほど内観という言葉を使っていたが、体の目的の部位へ意識を 向けることから得られるセンサーの力を応用するんだ」

「ではまずちょっと下準備をしよう」

「軽 く肩幅に両足を広げて、神様にお願いをするときみたいに両手を鼻の高さ当たりで合わせて。そう。そして両手をぐっと強く押し合ってみて。このときのお腹の 状態は胆力がついた下半身が安定した状態だ。お腹の部分はその状態のままをキープして。手はもう緩めて下にゆっくりおろしていい。OK。次に左右の顎の緊 張を緩めて、舌の緊張を緩めて、眉間に力を入れないで、まぶたとまぶたの下の眼球の力をリラックスさせて。いいぞ。目は半眼といって、軽く閉じるでもなく 開くでもなくを保って。それから頭上の30センチ上空、そして30センチ後ろに下がったところから、自分を客観的に眺めているようなイメージを描いて」

いわれたとおりにしていると、いつもと比べると楽に首筋や背筋が伸びていく感じがしてきた。そして僕の背中をイメージの僕が見つめているような気分で、背中のことなんかいつも考えたこともあまりなかったのに、なにかむずがゆい感覚が現れるようになった。
「こ こでたとえば今、コペルの右耳に意識を集中して。もし集中しづらいなら、手で右耳を触ってもいいよ。右耳の形状を手の指はどう感じたか?暖かさはどうか? どれほどの固さかやわらかさか?なにでできているような気がする?その他、自分で右耳とその周辺の関係性をどう表現できるか、いくつも想像できる限りのア イデアで把握してください」
僕は思った。耳って冷たい。そして外耳の形を指先でなぞって形状を確かめたのも初めてだった。僕の耳は、こんな形だったのか・・・。
右耳に意識を向けていると、右耳の聞こえがよくなっているようだ。
呼吸をするたびに耳が動いている!そういえばフランクはさっき、細胞の一つ一つが高度な五感を備えているといっていた。
そのひとつひとつの細胞の五感を全開にして感じ取ったらどうなるだろう。・・・・。あ!耳が熱くなってきた、かゆい。ひやぁっ。
そしてかつて自分を取った写真の絵がもとになっているのだろう、僕が思い描いた頭上から僕を客観視している意識から耳の色が伝わって見えてきたぞ。
僕は耳鳴りがいつもしていた。そのせいだろうか、耳の周囲に黒い煙のようなもやが感じられるのだが。フォーカシングのフェルトセンス的な漠然としたモヤッてる感じなのだが。
フランクが言った。「もし黒く煙が立ち込めているようなら、その煙は体の外に返してあげて。その代わりにきらきらときらめく光子がその部分にまとわりついて光りだすイメージを思い描いて」

素直にそうイメージしてみたら、自分の耳がからっぽの軽さになり透き通った感じに変わっていったようだ。そして時期に緊張が緩み、萎縮気味だった部分が広がるような心地よさが感じられる。

フランクの次の指示。

「私 は、これから指を10秒に一度、ぱちんとならします。そうしたら次にコペルが意識する場所は、右耳より3センチくらい中に入ったところを、今と同じような 要領でスキャニングしていってください。ちょうど中耳炎になるような部分のことですね。そして次のもう一度、指をならしたら、もう3センチ奥を。その繰り 返しです」

パチンッ。

不 思議な感覚だけど、僕はありありと耳の中の様子が感じ取れた。空気がその耳の穴のドームの中に通っている。そしてくるくる回っている感じのかたつむりも見 えてきた、ある程度湿り気があるから虫などは住みやすい場所だというが、嫌なにおいをだして住まわせないようにしているそうだ。そんなことを思い出したり もする。産毛のような毛が生えているな。そんなことを考えているともっと聴力が強烈に情報をキャッチし始めて、右の頭半分が耳ばかりになったような気がし た。

パチンッ。
今 度は眼球に意識が向いた。すると眼球がずいぶんいびつな形をしているような映像が見えてきた。眼球の網膜近くの部分が今感じ取れている中心だ。眼球の奥が 強く疲労していて膜状の組織がただれているように感じられた。ちょっと嫌なものを見つけたような不安な気持ちになる。そうだ、先ほど不安な部分を外に出し 切って、光子をそこに満たすといいというのは今回も同じことだろうか。やってみよう。・・・・。すると、先ほどより、眼球が厚ぼったくした感じが薄まり冷 えてきたようだ。眼球の裏手のソケット部分が空間が広がっていくような感じがしてきた。

パチンッ。
今 度は鼻の奥のほうだろう。そこにどのような軟骨があるか。鋤骨という折れやすい骨がここにあるというが、それの形状が鼻から息を吸い込むときイメージでき る感じだ。鼻のなかの奥の空洞が広がっていく。そして鼻の奥が目の涙腺近所でつながっているというのも、空洞が広がるにつれてリアルに感じ取れてきた。

パチンッ。
今 度は左目の奥当たりだろう。右目の眼球よりもここは様子はいい。疲れていないような感じがする。だが左目の眼球の左耳に近いほうにいやな血行不良のような 部分を感じ取れている。チリチイと電気を通した電線が小さなショートを起こしているようだ。そのノイズに不快感を覚える。どうやら左の顎関節当たりの固さ が問題なのだろうか。下に強く引きおろされているような牽引がきつい。

パチンッ。
今度は左耳の中耳当たり。だいたい右耳と同じ感じだが、目と同様に顎関節による牽引の影響で下に引きおろされたいやな感じがある。

パチンッ。
今 度は左耳の外耳。慣れてきたのか先ほど思い描いた項目以外のこともチェックしだしている自分がいる。痛みや、かゆさとか。それに耳にかかった過去の衝撃的 な言葉もそこに残っているように感じられるし。外耳のサイズをノギスで正確に測り計測している感じ。測るとわかるとは、理系の習性か。


パチンッ。
・・・・・。あれ?そこはもう僕の体の外なのに。変だな、なんだか単なる空間でしかないところなのに僕の意識がそこに集まっているためか、空間に質量がある!手で触って触れるような感覚があるような、変な感じがしている。これは、どういったこと?!

パチンッ。
えっ。もう、やめましょうよ。気持ち悪い、なんだか自分の体の外のものが自分の体の内側の感覚の延長として同質に感じられている。別に、手でそこを触れているわけでもないのに、僕の触手はそこで何かを探し当てて分析しようと注視しているようだ。


フランクがにこやかに。「さぁ。今日伝えるべきことはもうすべて伝えた。これでおしまいです!」

「あとは自宅で体を上から下へ、前から後ろへ、上前から下斜めとかあらゆる方向に意識を張り巡らして、体の内部の感じる力を養っておいてください」
「た とえば頭のてっぺんから会陰を通り越してまで、そしてその逆の会陰から頭のてっぺんまで。みぞおちから腰部にあるツボの命門までとか。体の表面より5セン チ奥を満遍なく体のいたるところを意識をむけてみるとか。体の中心を通る正中が重力線に沿うようにすると、体の左右の傾きが修正できるだろう。左右の腕や 脚や腰部、胸部や腹部、臀部などの利き側とそうではない側の様子を見つめたりするのもいい試みだ。または体の中の臓器には腎臓や肺など左右対になっている 臓器のバランスを見つめるという内臓感覚も持っておきたい。あとはコペルが思いついたすべてのパターンで自分の体を内部感覚で感じ取り続けるんだ」


「本当は人間はこの内部感覚に優れていた。だからこそ腹が立つとか内臓感覚が含まれた漢字が多く存在してもいるだろう。腹が立っているとき、CTで腹部を撮れば本当に内臓が縦に並んでいるからね。昔の人は、現代人以上に、この感覚を使いこなしていたんだろう」

「こ のような自分の体に意識をくまなく向けて関心を深めたリラックス状態を繰り返し体験してくと、施術を受けて体がちょうどいいところに移動した後に、またい つものゆがんだ状態に引き戻されていくということが少なくなります。それにこのような内部感覚を豊かにしてから人体解剖図を見ながらすりよせて学んでいけ ばいい。感覚投影をしながら読み解けば効率よく勉強できるはずだよ」


「そ して今までは腰が痛いとか痛みが出ている患部しか感じ取れなくて、そこばかりが気になり不安がのしかかり恐怖してきた自分から切り離されることを感じ取れ るようになるかもしれません。痛みが出た患部は、つぶされたペットボトルのへこんでしまった部分でしかなく、その部分を意識を集中すればどうなるか察しが つくことになるだろう。ペットボトルがへこんでいるときは、出っ張った部分が生まれるわけですから、その出っ張っているところを軽く押してあげるようにし なさい。そうすれば”ペコッ”と音を立てて元通りに修復するものです。内部感覚が豊かになれば、どこが自分の体の出っ張ってしまった部分かがわかるだろ う。そうすればそこをゆするように、伸ばすように意識を向けてあげるようにすればいい。そうすると改善が早まるようですから。へこんでいるところをもっと 強く押してはいけません。それは不安や緊張や恐怖という意識をかければ、へこんだ部分はもっとキュ~ゥって圧されゆがみが増す。ゆがみが増すから固まりが 強くなるものでしょう。それは元通りに修復する妨げになる。このことはいずれ体験を通して理解してくれるようになってほしい。今日のこの講習が、もっとも 大切なことだから、ちゃんと復習しておきましょうね。


・・・・・以上!!」

フランクは、見事にいいたいことをまくし立てて語ってくれた。僕は必死に、頭の中にメモを取るのが精一杯だ。

僕が右手を振って、バイバイってサインをしたら、フランクもにっこりとしながらバイバイしてくれて、その日は解散しました。






第六章:『ボディスキャニング成果』

一週間が過ぎた。
少 しずつだが着実に、僕は自分の体と仲良くなっていく様子がつかめた。大学でおこなうデータの実測試験のような感じだ。徹底的に、ノートをとりながら自分の 体を見つめるセンサーを、細胞レベルまで落とし込むよう心がけて試験をしている。自分の体の中で感じ取りやすい部分と感じ取りづらいかまったくイメージが 描けないところなど、まばらな感じだった。感じ取りにくい部分に、注視して感じ取ろうと努めてみると、かえって緊張してしまう。それがふっと力が抜けてそ の箇所を見つめる感覚だけが残っているときに、見えてきたりする。そして内部感覚が見つめやすい部分は血行がよいところだとわかった。そして感じ取りづら いところが感じ取れるようになると、そこもまた血行が改善されているようだ。

最 初はフランクがいたときとは違ってうまく感覚が集中できなかった。それが5日目から手を合わせぎゅーっと力をこめて胆力をキープさせてから肩や首の力を抜 けばよいという要領が飲み込めてきた。いつもとは比べることもできない深い呼吸ができるよな安定感を感じられるようになった。その感覚をつかめるように なってから、フランクのいうボディスキャニングが、僕一人でもこなせるようになってきて、加速的に意識が僕の体の内部をスキャンできるようになってきた。


いつもなら体の緊張していたり肩がこっていたりしているつらい深い部分だけにばかり気をとられていた。だが、そのことが自分を苦しみの場所を必要以上に大きくしてしまうんだ。その秘密がわかり始めた。姿勢を乱す癖もそこからきていたのだろう。

体 が張って不快な部分の裏には物言わぬ治療ポイントがいるということに薄々気づき始めた。試しにそこに意識を向けていたら多少のこりや張りもキャンセルでき るようになった。そこに手を当てたりすることもなしに、注視してそこが活気付くようにイメージしただけ。伸ばしたりゆすったりしている心地よい振動を与え るイメージをもつだけで、詰まっていた何かが抜ける感じがする。

自分の感覚が豊かになれば、それに比例して、体は柔軟になっていくようだ。
体 が固くて動けなかった部分がぱらぱらと分かれ始めて、小さな集合体からできていたということを、追認識できるようになった。筋肉の水分比率は75.6%だ というし、体全体では60~70%は水分だから。ムダな筋肉のこわばりや緊張がなければ液状化した動きになるのが理想のはずだから。


今まで僕は、どんな狭い感覚意識で生きてきたのだろう?


ここ数日、体が軽い。スゥッとしたすがすがしい風が頭の細胞の隙間を通り抜けて、COOLだ。
そして大きな発見をした。
呼 吸とは呼吸器の肺だけでするものと思っていて、胸と背中やのどが詰まっていて息が今もしにくいはずなのだが、皮膚の毛穴から細胞一つ一つに外気から酸素が 直接やりとりしてくる、しみこんでくるというか・・・・・そう、そう突き刺さり抜けていくような爽快さを感じる。そのような体感は気分も軽くなるっていう ことにも気づいた。

フランクが教えてくれたのは、なんらかの瞑想法なのだろうか。

もちろん体の悩みがすべて解決したわけなんかではない。問題は山積みだが、問題が日々増えていった僕にとって、山積みが整理されて減ってくれたような快感が心地よい。




第七章:『パントマイムと立禅』

フランクの講習会、第二週目に入った。

フ ランクは上野の寛永寺に僕を案内してくれた。以前は上野公園全体が寛永寺の敷地内だったというから、徳川時代には大寺院だったということだろう。不忍池も 京都の寺院を模して造営されたそうだ。上野公園までは、東京国立博物館や国立博物館、そして美術館めぐりなどしたことはあった。だが上野公園の中ほどにあ る大仏の顔だけがある姿をみて、寛永寺ゆかりのパゴダだったとは知らなかった。幕末にはこの地で、多くの人の血が流れたということを、僕は書物を読んで 知っていたから、ちょっと怖くて立ち寄りたくなかったのだが。

寛永寺の立派な門をくぐり、そこから今日の講習は始まった。
「ちょっと私の動き方をみていてくれ」とフランクが言うなり、境内のなかでムーンウォークをし始めた。かなり体格がいいフランクの体ではマイケル・ジャクソンのようなシャープさはないが、けっこういけてる!
「マイケルージャクソンも、ロバートーシールズというアメリカ人のマイムにテクニックを習っていた。マイムをトレーニングするということは、体の感性を磨くのに適している。マイムをするとき頭の中で体の動き方をイメージする練習になる。ポッピングという、弛緩した筋肉をパチンと急に短くしてはねるような動きをダンスに取り入れるものがいるのだが、その名手は年齢が不詳というほど若い筋肉を維持できているという」
「フ ランク。そういえばマイケルの生年月日をこないだテレビで聞いて驚いた。1958829日生まれの享年51歳 だって。なんで彼はあれだけの切れ味のい いダンスができるの?それに年々、確実にマイケルはダンステクニックが向上しているようだった。人間は老化していけば、顔やスタイルは現代医療でごまかせ るかもしれない。だけどあのダンスは、それはできない。人並外れているいうことを良く効いてくれる筋肉がなければならない。他の51歳にはありえないよう な奇跡がおきているとしか考えられなかった」興奮気味に僕はマイケルの奇跡を語った。
「ハハハッ。51歳か。51歳はそんなに年をとってなくちゃいけないという固定観念ははずしておいてほしいものだ。私ももう50歳を超えているから、私を老いぼれいわれるようでかなわんよ」
「フランクが50代だって?てっきり助教授の佐々木先生と同い年かちょっと上あたりだと思っていた、いっていて40代前半とか・・・」
「そうかい、それはありがとう。ここにクロード キプニス著『パントマイムのすべて』 という本がある。これを一週間、君に貸してあげよう。シンプルだがいい本だと思う。体の表現力を引き出すエッセンスが記されている。これは今日教えると時 間がいくらあっても足らないんで、自主トレしといてください。次回に簡単なマイムの課題を与えるかもしれない。それを見て本の理解をテストすることにしよ う」

フランクは次の言葉を付け足した。

「ポ イントは、怠けないで体全身をくまなく使い込む丁寧さだ。目的の動作をするために体全身をくまなく意識的に使い倒せばいい。マイムの基礎の各部の体の使い 方を分けて練習し終えたら、次に移る。要領は動いてしまった感覚を脳裏でイメージし、描ききるんだ。この動作ならばどこの筋肉をどの量だけどの方向に曲げ るかなといった感じで。調整能力を発揮して。ヴィジョンを描いた後に各筋肉に過去完了系ですでに体験して、それを追体験するんだと暗示をかけておけばいい だろう。筋肉はイメージによく反応するものだ。特に伸筋を使いこなすには、イメージ力をたくましくするに限る。

・・・・・ 他人には見えないイメージの像をはっきり描ききることで、他人にもそれがみえてくるようならば一人前だ。武術では見えない楯をつくり身を守り、見えない刀 や槍で相手に襲い掛かることもできる。それにイメージで3トンの岩を押し動かすならば、深層筋や体の隅々の筋肉が同時に鍛えられるだろう。マイムが得意に なれば、筋トレにもなるし体裁きもよくなる。

器具も要らないし、金もかからない」

「はい。了解しました。マイケルめざしてがんばろうと思います」
僕の頭の中は、マイムなんかしたことがないので不安でしょうがない。とりあえずフランクの前で無様な姿をさらさなくてすんだから、そこだけほっとしている。


「OK!じゃ、次にいくよ。意拳という中国武術に立禅と呼ばれるトレーニング法がある。こちらを、丁寧にみていくことにしよう。まずは私の型をみてください」
肩幅より少しだけ足幅を広げ、膝を軽く曲げる。そして手を大木に抱きつくように丸くしてそのまま体を凛と整えた    。
「コペル。私の肩や胸を押してみて」
「わかりました、ちょっと押してみますね。・・・。あ、あれ?びくともしないや」
「コペル。それじゃ弱すぎるよ。その10倍の力で押してみて」
「フランクの姿勢は普通に立つだけできつい空気いす状態だから、そんな強い力で押せば倒れると思うけど」
と いいつつ軽く圧すそぶりをして、いきなり体当たりをした。フランクのことだから、絶対に倒れないっていう自信があるからいってることだってわかるさ。なら ばやっぱり倒したくなる。卑怯なフェイント交じりの攻撃にもフランクの姿勢は微動だにしない。かえって僕が壁にぶち当たって跳ね飛ばされ、足がぐらつくほ どだ。


「わかったかい、コペル。この中腰姿勢でも安定して立つことができるんだよ。ではこんどは君がやる番だ」
先ほどのフランクの様子を僕なりにまねてみた。膝を折り曲げた瞬間、太ももの上や横にある筋肉がぶるぶると震えだしてしまう。電気椅子というにふさわしい動きになって、フランクの微動だにしない状態とは大違いだ。



フランクが僕に質問をしてきた。「コペル。私の立禅と君の立禅の違う点はどこにある?考えて述べてみて」
「そうですね・・・。重心を正すとかぐらいしか思いつかないです。他はさっぱりわかりません」
本当に見当がつかなかった。体力があるかどうかだけじゃない違いがそこにあるだろうということは感じ取れる。
「で はこの人体解剖図を見て。これは実際の解剖写真だ。すると膝関節、股関節のような大きな関節部分は、ほとんどが靭帯や腱で覆われている。白や半透明のコ ラーゲン組織でできた部分だ。あとは骨の白だ。骨もコラーゲン組織とカルシウムなどの石灰質でできている。体の中にはたんぱく質でできた筋線維ばかりでは ないことがわかるだろ」
まったくそのとおりだ。想像した以上に赤く見える筋肉部分よりも白い膜組織のようなものが多くみえる。筋膜組織だろう。それが実に巧みに体内に編みこまれ肉体を立体化させているようだ。

フランクは説明を続ける。
「こ の赤い筋肉部分は筋線維という収縮と伸張をするよう脳から命令を受け取れる部分だ。人体が動けるのもここの動く力によるわけだ。ただ動けば動くほどこの筋 線維はエネルギーを消費してしまうし、たんぱく質は熱に弱いため運動が激しければすぐに壊れてしまう。筋線維壊れることで、のちにバンプアップして筋肉が たくましくなって次には楽に仕事ができるようになるわけだが、どうしても筋疲労が現れてきてしまうものだ」

「簡単に言えば筋肉を使えば疲れるから、必要以上には使わないほうがいいってことですね

「そ の通りだ。もしコペルが、先ほどの中腰姿勢を3時間続けなさいといわれれて筋線維ばかりを使えば、すぐに筋肉を動かすためのエネルギーも底をつくだろう。 乳酸がたまってだるくなったり、がくがく震えて、立てなくなるかもしれない。だから疲れを知らない部分で、体を支えるのさ。それが先ほどいった白い部分、骨、靭帯、腱を使えばいい

「ちょっと待って、フランク。
筋肉には脳から命令を出して、伸ばしたり縮めたりできるけど、その他の筋肉や腱や靭帯には脳からの命令系統の範囲の外にいると思う。このようなところは力を出そうとしてもムリじゃないかな?」

「そ うだね。その通りだ。だけど私は1時間ほど立禅をしていてもびくともしない。それは明らかに筋肉を緊張させた状態を保つにも、たんぱく質でできた筋肉が熱 変性を起こしてしまい大変なこととなるだろう。それはすでに修行ではなくなるだろう。だから最低限の筋線維を使うにとどめて、大部分の体を支える力は骨や 靭帯や腱にまかせればいいのです」
フランクは説明を続けた。
「そのためには、先週にトレーニングをお願いしていた、内部感覚がフル稼働してくれないとできないことなんだ。いくつかのポイントにわけるから、このノートを見て」
そういいノートにイラストを書き始めた。二本の骨を交わらせた関節を現した絵だ。ひとつの関節の絵は関節がかみ合っている。だが隣には関節のかみ合っていない絵が描かれていた。
「君 の先ほどの中腰の立ち方はこちらの関節がかみ合わず、ぐらぐらしていた状態だ。普段のときでも体全身の関節が微妙にずれている。その不安定さを関節を挟ん だ筋肉が常に硬く緊張することで、ぐらつきを押さえ込んでいたというわけだ。だがもっと不安定な状態になると、筋力でぐらつきをカバーできる量を超えてし まう。そのときにバイブレータのようにがたがた震えてしまう」
「確 かにいつも僕は関節の周囲の筋肉が硬くなってパツパツな感じがして。座ったり立ったりするときに、膝が”パキンッ”と金属音のような音を立てることも毎度 のことだし。わかるような気がする。ではどうすえば関節面がしっかりかみ合わせることができるようなコントロールができるのだろうか」
「関節面をベストなかみ合わせにするには、関節を取り巻く筋肉が先に筋緊張を起こしている状態から抜け出すこと。そのポジションを見つけていくんだ。ちょっと立ってみて」
「はい」
「それじゃ、小さく前ならえをしてみて。まずは手のひらを地面に向けて前ならえをして」
「はい。ちいさく、前へ~ならえっ」
「よし、では私のバックを両手の上に乗っけるよ。重いから気をつけて、落とさないでね」
ずしんと10キロはあるんじゃないかという、体の中心を持ってかれそうな重さを感じた。
「では今度は手のひらを上に向けて前ならえをして。同じように私のバッグをおきます」
そういって2~3キロ程度のバッグを手の上に乗せてきた。明らかに先ほどよりバッグが軽くもてている。
「バッグの重さは先ほどと変わらないことはわかるね。でも重さを感じる君の感覚は違うだろう?」
「は、はい。いきなり軽くなったような気がして驚いてます。。なぜなんですか」
「腕 を回内、回外させたんだ。つまりねじることで関節の接触面を安定させ、関係する靭帯や腱の利きをよくするポジションにすることができた。単に腕をねじる動 作だけなのに、これだけ体にかかる負担量が違ってくる。もちろん重く感じて中心軸がずれるほどならば、筋肉は燃えるほどに緊張して熱を帯びたり筋線維はも ろく切れてしまうものもでてくるだろう。体にそのようなダメージが蓄積していくわけだ。それに対して関節面が正しく決まっているときは、重くないし中心軸 がずれるようなこともない。そこには自分の体の重さを利用し、梃子や滑車の原理をたくみに使う仕組みが内在されている。クレーン車のクレーンやエレベー ターの上下動も滑車の原理だろう。それと同じものが人体に仕込まれているっていう寸法だ。だから体は快適な状態でいられる。つまり人体を動かすときに使う ように神が与えた機能を使えばいい。それを使うかどうかだ。この両者の差は大きいだろう」
「はい」
「中長期的視野で見れば、関節がずれた状態でムリをしたら、えらいことになることは想像がつくだろう。それが体の使い方の誤用のひとつというわけだ」
「つまりこれが今までの僕の姿勢だったということなんですか。だから何もしていないで、普通に体を横たえているだけでも、過去に蓄積した疲労ダメージが僕の体の中にあるはず」
「残 念だが、その通りだ。知らないということは罪なことだと思う。私もこの事実に気づかなかったときには、ただ自分の体をいじめるだけいじめ続けて、体を壊し たんだ。人は、体の使い方を知らなければ、自らの体を気づかないうちに破壊してしまうリスクを背負っているといっていいだろう」
「わかりました。その事実を僕も受け入れなければならないのですね」

「そう。受け入れを拒んではならない」

「体にある関節は肘関節だけじゃないと思う。全身の骨の数は206個前後あるのだから、関節の数はかなりあるのだろうから。ちょっと頭がくらくらするような」
「まぁ、欲張らずに。
ま ずは肩関節・肘関節・手首関節・股関節・膝関節・足首関節のような可動域の広い関節からみていったらいい。どのようにひねったり、ねじったりすればいいか 実験検証すればいい。パターン検証は君は大学で嫌って言うほどやってるからわかるね。これはどうすれば関節の機能が向上するかはパターンはもうあるのだ が、自分でそれを見つける過程を得て初めて自分の血肉として身につくものなんだ。このような実験検証をする模索をするときに、できるだけゆっくりと力まず に動くようにしてほしい。楊式太極拳の演武では、ゆっくり体を動かしますが、あのような形ですよ。そしてそのときに軽やかに空中に舞い上がるようでいて、 体の軸が中心に据えられるような感じ。それは先週に伝えた体の中をボディスキャンする能力が向上するに比例して、より細密なベストポジションといえるよう な型がみえてくるだろう。その感覚を活かして立禅を修練すればいい。単に立つだけにみえるが、君の頭の中の創造力は100%活性化されてフル回転させるこ と。立禅を30分はキープできて私が押してもぐらつかないように。下半身の脚力も養えるぐらいの修練時間を割くようにしてください」

「わかりました。筋肉の筋線維を使わずに、快適な型があるというのは、フランクの立禅をみてわかっています。僕はがんばれますよ。今週はパントマイムと立禅ですね」





第八章:『立禅とパントマイムの成果』

さっそく自宅に帰って立禅をしてみた。
立禅は、最初は1分もたっていればきつい。前回の非力な僕にも取り掛かりやすかったボディスキャニングよりも、ずっと難題だ。

う まく関節の角度を求めることができない。背中の骨が側湾で曲がっているからかもしれない。僕の後ろ足は右足が左足よりも5センチ短いし、右肩が左肩より4 センチは持ち上がっている。つまり体のゆがみがひどい状態では、四肢を注視した立禅を試みても、背骨のゆがみどおりのねじれや傾きが邪魔をする。体が複雑 によれていると力が抜けるポジションを見つけられない。見つかったと思っても、他の関連部位の関節調節しようとわずかに動かせば、すでに先ほど調整したベ ストポジションが崩れてしまうから。もう2日も、これで費やしてしまった。いつまでこれを繰り返していても前に進めない。。。どうすればいいのだろうか。 考えろ!

おそらく普通ならばフランクにアドバイスを求めればいいのだろう。ただおそらく気の利くフランクならば、そこまで含めて考えよというメッセージなのだろう。聞いても教えてくれるわけはない。フランクだって、自分でそのような回答を考えて乗り越えてきたはず。僕も、今、その道を歩こうとしているのだから。

とりあえずの答えは、背中は立位で上半身の重さが下方にかかるときに側湾がきつくなるのはわかる。だったら、仰向けで寝てしまえばいい。そうすれば背中の側湾する度合いが減るため四肢の関節の負担も減るはずだ。特に股関節は胴体より上の重さがかからなくなる分だけ調整しやすいだろう。
まずは寝た状態で、立禅をしてみよう。

そ うするとどうだろう!先ほどまでは立禅をしようとしていたとき、左腰と右腰の腎臓辺りが張りがきつくて、とても体のがたつきを押さえられなかったのだが。 寝ながら立禅をして関節のベストポジションを割り出して、体に覚えこませてから立ってみたら、5分は楽に立禅ができるではないか!

30分にはまだ程遠いことだが、次のマイムの練習に移らねば時間がない。
貸してもらった本を、まずは3度ほど通し読みをして、エクササイズ以外はだいたい頭に入れた。エクササイズ内容も難しいものはなくて、緊張して取り組むほどの難題はなかった。ただしうまくできているかどうかの自信はないんだけど、できる範囲ではがんばってみた。

またポッピングというダンスのジャンルに、アニメーション・ダンスと いうものがあるようだ。Youtubeで 探してみた。すると自然界の重力を無視したようなありえない動きをしていた。このダンスをしているダンサーたちの 筋肉は、まさにつきたてのもちのようにしなやかで柔軟だそうだ。つまり若さを保つためのノウハウがポッピングのダンスのエクササイズにあるようだ。深部層 の筋肉を意図的に分けて使うことも表現の課題のひとつになっている。それが体の骨の近くの最深部まで血液を流し、深層の筋肉までやわらかくしてくれるから だろう。

それにはパントマイムを基礎に学んでからトライしたほうがいい。どうやらフランクは、僕にこのような動きをマスターさせて、体の筋肉の若さを取り戻させようとしているのだろう。

またイメージで体を動かすというキーワードを広げてインターネットで検索をしていたら、フランクリン・メソッドと いうダンサー用のイメージをいかしたエクササイズを伝える本を発見した。『Dynamic Alignment Through Imagery』や『Conditioning for Dance』などの著者はEric N. Franklin。 体の使い方をイメージイラストで解説しているページが多く、参考になった。本の『フェルデンクライス身体訓練法』は動きを図示されるよ うなイラストがなかったので、実際にエクササイズを自分でテープに入れてやってみないとイメージはつかめない。それが正当だとは思うが、フランクリン・メ ソッドの本はわかりやすい。人体のメカニズムを自由奔放に感じるような解説イラストで紹介してくれるのが楽しい。体の内部感覚を豊かにするためのエクササ イズをつんでいたから、この本の面白さが伝わってきた。目を閉じてイラストの通りに体を作用させると、本のなかでかかれているような身体能力が直ちにアッ プするような感覚が得られる。おそらくボディスキャニング能力が徹底していなかったとしたら、ここまで僕の体が反応してくれることはなかっただろう。体の センサーを内に外に張り巡らせていくことは、まず最初に徹底的に身につけなければならないことだ。





第九章:『セルフ・メンテナンス』

第三週目の講習の日。
午後9:00。
フランクの心体融和道に訪れた。
フランクは仕事を終えて帰宅し食事をとってから、また、仕事場に来てくれたこととなる。僕のために本当に感謝だ。
フランクの生後1年のひとり娘も仕事場にいた。高速ハイハイをしながら、陽気に猫のようにフランクにまとわりつく。愛情表現の形なのだろうか、フランクの脚にお尻にかぶりついて、「Oh!ヤメテクダサ~イ」とおどけていわれるとキャッキャ、キャッキャと腹を抱えて笑う。

最近は、今まで僕はしたこともないような動きを計算づくで挑戦してきた。体の左右差のねじれは、利き手や利き足の筋肉量が多くなってのことも気づいた。ならば右手を当分の間、封印しよう。左手でペンを持つ、おはしを使う、マウスを使う。はじめはなかなか慣れなかったけど、4日もすれば手になじんできた。左手を使うときにも、脳の命令がダイレクトに伝わってくれるようだった。
外 出しているときに、まずは左足から靴を履き、左足から第一歩を踏みしめる。右足の大腿直筋や外側広筋という太ももの上側についた筋肉が、僕は左脚と比べて 異常に発達していることにも気がついたからだ。意識的にみぞおちの大腰筋の付け根の上端から足がぶら下がって、振り子運動をしているという意識を持った。 そうすると骨盤も足の一部だから自然に回転していく。そしてこの歩き方をしていると気づいたのは、姿勢が前傾していると、靴底が地面に突っかかるようで歩 くことができないんだ。どのようにすればうまく歩けるかを分析していった結果、背骨を伸ばして使えば、楽に足が空中で振り子運動をしてくれることに気づい た。「姿勢がよくなったわね」と下宿で間借りしているおばさんにも指摘された。

ただ最近は意図的に今まで使わなかった筋肉を急に使い出している。そうなるとひ弱な筋肉がいきなり酷使されたことだから体中が筋肉痛で悲鳴を上げている。ただこれを中途半端で辞めたら、また元に戻るんじゃないかと思うから、このままたえるしかないのだろうか。



フランクは口を開いた。今日の講習内容を教えてくれた。
「も う体の節々が悲鳴を上げているようだね。姿勢はよくなっているが、体の中の筋肉のテンションが前後左右違いすぎて、それをむりをおしながら必死に立ててい るように見える。目標とするものを見つけられたが、そこにいくためのもうひとつのステップを通らなければならないだろう」
フランクの話は続く。
「コペルは、優秀な生徒だ。感情を切り崩して、シビアに現状を見つめ分析をすることができるようだ。感情にハンドルを渡して振り回されれば、コースアウトしてしまう。おおかたは、また元の通りに落ち着いてしまうだろう。自動車を高速で走らせるときにそんなことをすれば事故を起こすリスクは大きい。よくがんばってるね」
「あ りがとうございます。僕もいつもならばもっとへたれですけど。。。それはときと場合によるようです。自分の中に未知の機能があふれていたことに気づいたか ら。その未知の部分を、暴きたくて仕方がないんです。研究すればするほど、僕の体の印象だけでなくて、形をも変え結果をみせてくれますから。そのレスポン スのよさに助けられています」僕はてれながら、話を続けた。
「機 械工学を勉強していたおかげで、アンドロイドを作ろうとイメージしてみたら、手を上げるときにどのような仕組みを使うかとか、足を上げるときにとかも、 すっきりした計算式で見えてきたんです。ロボットを作るときのスチールやシリコンの素材とか、動力源のエンジンをどこにおいてどう駆動させるかとか。気づ けば、人間の体とは筋肉という収縮して状態変化をさせるエンジンが体中に仕込まれているんですよね。すると僕はもっとこれらの駆動の仕方を研究すれば精密 機械のように動けるはず。だって現代科学でも本物の人体ほど多くの駆動システムをつんだロボットは作られていないですから」
そしてポッピングを応用したアニメーション・ダンスの初歩のロボット・ダンスの動きを実演してみた。どこを止めて、どこをポップさせるか。
フランクは、「よくやった!」といいながら賞賛の拍手をくれた。

そしてうなづくように話してくれた。
「人 は誰かに命令されて、やらされるようでは創造力がわきたたないんだ。自ら考えて工夫することからはじめるべきだ。失敗をして、緊張感が生まれる。たとえ痛 い思いをしても、自分で選択した痛みなら耐えられる。人にやらされた感があれば、心はムダな葛藤をおこすだろう。自分の人生であるはずが、他人に選択を任 せるようなことはしてはならない。
人は生れ落ちたときから、一人で生きていく宿命を背負い、立派にやっていけるものなのだ。その能力を、発揮するボタンを押す勇気が必要なんだ。
そうしないといつしか”ゆでがえる”のような生き方をしていて、それに気づけなくなる。それだけは避けるべきなのだ」
フランクは自分の内面を見つめつつ僕に語ってくれているようだ。遠いところへ意識を向けていた。

「フランクは、僕が凝り性な性格だということを、ひょっとして知っていたのですか」
「そ うですよ。もちろんです。コペルの体を初めチェックしたときに確信してました。東洋医学のなかの鍼の世界では、コペルと同じような体質で体型の人物が中興 の祖として活躍した先生がいるんですよ。弱々しい肉体の中だからこそ一瞬を生ききることの大切さを本能的に知っているのでしょうね。火がつけば烈火のごと く。自らその命の火を早めに消すこととなっても動くことを選択する体質があるんですよ」
「そうなんですか。ただし僕は、烈火のごとく動いて、いつも体が途中でいうことが効かないで、高熱出して寝込んでやめちゃう。だからいけるところまでいったことはなかったんです」話を息継ぎをするのもまどろっこしい感じで続けた。
「でも今回は高熱も出ない。まだまだぜんぜん余裕ですから」

「ハハハッ。我慢強い神経も、味方にしたんだね。でも、体の感度を上げていくためには自分で自分の体をやわらかくする簡単なメンテナンス法を教えることにしよう」
「お願いします」

「まずは自分ひとりででおこなうこともできて、安全な施術の方法です。まずはこれの要領を覚えてくださいね」
「はい、了解しました!」

「君の体では、今は左側の大腰筋が萎縮している。まずは仰向けにワークベッドの上に寝てください」
いわれたとおりにしてみると、フランクが大きさが60センチメートル程度のバランスボールを持ってきた。それを僕の足元に置いた。
「コ ペル。左側骨盤の前側に出っ張っている骨のちょっと上でちょっと内側のお腹の部位を押してみてごらん。奥のほうに上下に向かって骨盤の骨から上方へ向かっ て固いスチールのようなものを感じることができないか?どのような太さか、固さか、冷たさか、そして痛みはどうかをスキャニングしてみて」
「こ こですね、あっ確かここは僕がぎっくり腰で担ぎこまれたときフランクが押したところだ。自分で触ってみても、本当に鉄の棒のように固いし、キーンという鋭 い痛みがするな、少し骨盤の底面の膀胱の近くにモニターの手を移動すると、強い炎症があるような熱波のようなものも感じられる。なんだか内臓がダメージを 蓄積していると思うと、もうこの先長くないんだなって言う不安感がでてきますよね。だってこんなに固いんじゃ、小腸も大腸も動いてくれなくて当然のように 思えるから。。。でも、おそらく僕が今、モニターしているのは筋肉で、大腰筋なんでしょ?内臓が固まってこの固さになっているわけじゃないというのはわ かってるんです。でもこんなに固い筋肉が隣接すれば、周囲のやわらかい内臓組織が引きつられて問題を起こすものだから、ちょっと屋台骨が壊れかけの崩壊寸 前の掘っ立て小屋を想像しちゃいます」

「なかなか的確なイメージだな。。。、ちょっとつらいことだけど、そのようなことだ。
人が二足でまっすぐ立つには、君のその大腰筋の状態では脊椎が立った瞬間にぐにゃりと曲がりが増す。だから背筋を伸ばしてたつことは難しくなる。だから、よく君が脊椎をまっすぐへ立てるように内部修正したものだと感心しているところだ」

「前 回教わった立禅を応用したんです。いきなり立つと背中が張るし、のどが締め付けらて難しかったんですが、仰向けに横になり背骨を緩められる状態でやってみ たら、意外にいけたんで。少しずつ肩や肘、手首、股関節や膝、足首などに負担がかからない位置を見つけだしました。寝たままだからなので立禅ではないけ ど、手足が消えて軽くなった。そのときの微妙な体の調整具合を体の細部まで観察して神経に植えつけていったんです」
僕は、話を続けた。
「そ うしているうちに、子供のころドーマン法という四つんばいで手足を動かすトレーニング法をやったのを思い出しました。記憶をたどってやってみたら、驚くほ ど背筋が楽に伸びる感じが出てきて。理想には遠いけど、僕にしてみれば子供のころ親に犬のように頭を押さえつけられてした屈辱的に感じたトレーニング法 だったんで、当時は嫌で仕方なかった。でも今は親の愛情を感じ取れたんですよ」
「なるほど、それはいい話だ。その話をいつかご両親にしてあげたら、喜んでくれるだろう。
・・・・・。
では、ちょっと気分を変えて、もう少し下のそけい部を触ってみてごらん。そうだな、右側のそけい部と左側のそけい部を同時に触って違いがあることを確認して」
ちょっと恥ずかしいけど恥骨の両脇をすりすりしてたら、左右のそけい部の様子があまりに違うことに気づいた。
「うわぁ!なんだこれは?!左側そけい部が盛り上がって、すごく固い。大腰筋が通っているここの下は神経や血管、リンパ管が通っている場所だから、この大腰筋がそれらの代謝を悪くする引き金になっているのか?」
「そ うだね。大きな関節がある部位には、しこりがもともとできやすい場所でもある。関節を曲げ伸ばしするときにかかる負担は、他の部位にはありえないほど大い からだ。そしてそのような場所ほど、代謝を悪くするような筋肉のしこりをはびこらせる。血液やリンパ液の流通を抑制するダムを作ってしまうものだ」

フランクはそけい部の下を通る血管や神経、リンパ管の描かれた解剖図をみせてくれた。
「そけい部のそけい靭帯と骨盤との間が柔軟性を失えば、これらの代謝は当然悪くなるのはわかるね。ではこれをどうやって取り除けばいい?」
「そうですね・・・。やっぱり目的の患部にマッサージを加えるのでしょうか?筋膜が癒着しているならば、そこを緩めるための圧を加えて引き伸ばしてみるという筋膜リリースというのもいいのかもしれないし・・・。」

「でもコペル。私が指先で五百円玉を二枚持つ程度の圧を、君のお腹にかけるとどうなる?悪いが、ちょっとだけ軽い圧で触ってみるとするよ・・・。」
ぐぇ ~っ”という目をむくような炎症痛が襲ってきた。たったこれだけの圧で、これほどの痛みが出るなんて。到底、この炎症があるところを、ぐいぐい押すの は、ムリ。体がよじれて逃げてしまうだろう。患部を緩めるためマッサージしたほうがいいのだろうが、患部は痛みでもっと固くなりマッサージの圧を拒んでい る。そう考えると、やる手が見つからないよな。もしあるとしても使い捨てカイロで患部を温めて血流をよくするという程度だ。そんなことで治るような状態 じゃないのは承知しているので、これも却下だ。

そんなことを考えながら答えに詰まってしまった。やっぱり痛くても僕は我慢して圧をかけて解いたほうが潔いのだろうか?

「コペル。頭の中で考えてるようだね。ではこの患部をまったく痛くない方法で解くやり方があれば知りたくないかな?」
「え、そんな魔法のようなやり方があるんですか!」
「あるんだよ。そのようなソフトなやり方のひとつにストレイン・カウンターストレインというオステオパシー手技を使えばいい。このやり方は、ホームテクニックとしてアメリカのクリニックでは運動法の指導とともに伝えられることもあるんだ。医療現場での指導だから、安全性が深く考慮されたソフトなテクニックだ。それに痛みもないし」
フ ランクは僕の両足をあぐらをかくように左右の足首をつけた状態でクロスさせた。そして先ほどもってきたボールに足首当たりを乗せた。寝ながら体育座りをし ているような感じだ。それから両膝を少しずつゆっくりと広げていき、左足のほうが右足よりも開きを大きくした状態で止めた。
それからおもむろに先ほど触られて激痛が出たお腹の部位を押してきた。
僕は反射的に「うっ!」と避けようとした。だがもう遅い。しっかり触られてしまって、ぐいぐい力をかけられてきた。そうされつつ僕の膝を開く角度や足の高さをバランスボールを移動させたりして微調整していく。
そうしているうちに僕が圧に抵抗して筋緊張させたら、患部の血行が悪くなることを思い出した。気を取り直した。痛くてもいい!腹の力を抜こう!!!
と思って抜いた瞬間。
患 部のさっきまで固くなってスチールのような大腰筋が、表面だけだったがグニュゥとやわらかく感じた。それに痛みの感じがぜんぜん違った。無痛じゃないけ ど、余裕で耐えられる痛みだ。それにフランクが僕の足の角度を微調整するたびに、患部のモニターされる手の下の炎症部の痛みの感覚は減少していくじゃない か!
「コペル。君の大腰筋がもっとも緩むベストポジションはここだ。私が置いたモニターする手の痛みは和らいでいるだろう?
それに大腰筋がゆるんだから背中の張りも少なくなって、呼吸が腹でできるはずだ。
それにもうひとつ。
今私が患部を押している力は、このぐらいの圧なんだよ」
そういって僕の臀部の横をぐぐぐっと押し込んできた。けっこう強い圧をかけているとわかった。
なぜ、痛みが弱化したのか?魔法のような痛みの軽減だ。狐にだまされた感じと言うか。。。

フランクは話を続けた。
「今の姿勢が、コペルの大腰筋が一番短くなるポジション。患部が緩んでいるところだ。なぜ痛みがこれほど軽減するかは詳細説明をするのは時間の関係上、今は割愛しよう。
ただ、しこりからくる筋肉の炎症があるのに、その筋肉をムリに引き伸ばしてストレッチさせると危険だ。すでに壊れてもろくなった筋組織をわざわざダメ押しすることがある。そうならないようにわざと激痛を感じさせて患部を守ろうとしているのを無視してはならないのです。
で は逆に、固くなって伸び縮みしづらい筋肉でも、その筋肉がちょっとでも短くなるベストポジションへ持っていかれたらどうなるか。縮みすぎた状態の筋肉を理 想の弛緩時の筋肉の長さに戻そうとする反応が出ということがおきてしまう。とりあえず今はそのようにイメージしておいてほしい」

「ある意味、軟式テニスのゴムボールをつぶしたら、つぶされた圧の反対側に向けて元通りになろうとする力が生まれる。。。そんなものなのでしょうか。筋肉の弾性力を取り戻すためには、ストレッチしていくばかりではなくて、逆に短くしてみたほうがいいこともあるんですね」
「そうだ。筋紡錘や腱紡錘と呼ばれるような筋肉の長さを決定付ける神経組織がある。それらが働きが悪くなって硬直したままの筋肉であれば、意図的にその筋肉を押しつぶした状態にして90秒ほどキープしてからできるだけ静かに、ゆっくりと元通りに戻す。それでOKだ。

それではコペルの足を元の位置に戻そう。
もうだいたい3分は時間がたったから大丈夫だ。
元に戻そう。すると・・・さぁ、どうなる?」そういいながらバランスボールを慎重にゆっくりはずして、足裏を地面につけて膝を立てた姿で横たわえた姿勢にした。
それからまた患部を触られた。そのときに、もうすでに最初に触られていたときより痛みが半分程度に落ちていた。先ほどのボールに足を乗せていたときのほうが劇的に痛みが引いていたが、元に足を戻されても、大腰筋の痛みが持続して軽減していることに驚いた。

「すごいですね、フランク。これだったら、もしこの調整法を繰り返せば、調整のときの痛みを感じずに、大腰筋を緩めることができるわけですね」
「そう。それにこのカウンターストレインは、体のいたるところの筋肉に応用がきくのも重宝する。
たとえばだが、マッサージでは表面上の筋肉が固ければその下の深層筋はアプローチできないのだが、カウンターストレインを工夫すれば深層筋を狙い撃ちして緩めることもできる。

ただこのテクニックは施術者がつかう強力なものであるため、いい加減にどんどんしこりをみつけては無計画に解いてしまうのも危険なんだ。
今 の体はゆがみながらも複雑な調和を保ちながら現状が維持できている。それを解くためには、いったんその調和した状態を崩さなければならないのです。骨格に まで影響するようなテクニックを使うときは、安全を確保しつつ計算しておこなわないと、一気に体の全体構造が崩壊しかねません。だからやりすぎはダメで す。ほどほどをわかったうえでおこなえればいいのでしょうね」
「わかりました。”ほどほど”の見極めは臨床をつんでいくしかわからない領域ですから。慎重に対処していきたいと思います。
ただポッピングのダンスをする人がこのカウンターストレインを取り入れて、体の改造をすれば、ものすごい人がでてきそうな気がするなぁ。そんな気がしました」
フランクが僕に治療書のコピーを手渡してくれた。
「これが今の君に必要なカウンターストレインのホームメニューだ。自宅に帰って、今私がおこなった様子を思い出しながら挑戦してみて」
「はい!ぜひ、ぜひ挑戦してみます」





第十章:『セルフワークの成果』

僕は、自宅に帰り、フランクのカウンターストレインをしていたときの間の持ち方や、ゆっくり加減などを思い出しながら、渡されたテキストを見て他の部位のリリースを試してみた。
大胸筋、ハムストリング、大腿直筋、横隔膜などをクッションを器用にあてがい体のポジションを微調整しながら。
カウンターストレイン中に眠気が襲ってきて眠ってしまったので、部分的に調整しすぎたところもでたけどおおむね良好。
ただ今後は眠らないように注意しなければ。

自分ひとりでこんなに痛みがなくて快適に体を解く方法があったとは。
呼吸の深さが変わっていき、どんどん体のつまりが弱くなってきた感じがする。
マッサージやストレッチとはまったく違った概念であったため、
それらの検索語ではカウンターストレインは出てこなかったわけだ。


改めてオステオパシーという言葉で、検索をかけて、そちらの専門的な書物を図書館から借りてきて読んでみよう!


ちょっと待てよ。
なぜこんなに一般の人にも役立つ施術法なのに、世間に知られていないのだろう?そう思うと不思議というより、ずるいなぁという怒りにもにた感情がわいてきた。

できれば僕みたいな困っている人に、もっと知らせてほしい。
そうすれば助かる人はたくさんいるだろうに。

も しも子供のときにカウンターストレインで、筋肉を正しい方向へ導かれていたとしたら、僕の人生は変わっていたのかもしれない。もし施術の知識が誰もが知っ ているような知識であれば、それに僕がかかれていたかもしれないのに。僕も子供のころはもっと体の筋肉のしこりは少なくて簡単に解くことができたはずだ。 そのときに解かれたほうが僕も幸せだったかもしれない。

なぜ、あまり世間に知られていないんだろう。。。





第十一章:『パート・ナーワーク』タオルマッサージと靭帯性関節ストレイン


そして第四週目の講習の日が来た。
ただこの日は少し状況が違っていた。

フ ランクと引き合わせてくれた助教授の佐々木先生の弟が、ここ5年来、自宅で療養中の生活をしているという。フランクは助教授に会うときは仕事の話をするこ とはまったくないそうだ。だから本当はフランクの腕がいいかどうかなんて、まったく知らなかったし、釣り仲間にそんな仕事のことばかり聞くのはご法度だ。
そのようなときに僕が大学に顔を見せるたびに、姿勢がちゃんとしてきたり、顔つきが変わっていったりと、変化に驚いていたようだ。

そこで初めてフランクは腕のいい施術をするといくとこを知ったという。
そして今日は、助教授に頼まれ弟のケンジくんを ここにつれてくる役をおおせつかった。ちなみに助教授が弟をケンジくんと呼んでいたので、なんとなく僕も彼をケンジくんと呼ぶことにした。ケンジくんは年 齢は28歳。都内某有名大学を卒業して一流企業に就職した。だがまじめな性格のケンジくんは3年後に会社の人間関係に迷い苦しみ、欝にかかってしまったと いう。現在は心療内科に通院をしているのだが、安定した健康状態を保つことができず、仕事に復帰することもできない。
そ こでわらをもすがる気持ちでフランクの施術を受けることで、なんらかの改善を適えられないだろうかということでした。ただ、僕が最初に心体融和道へ担ぎ込 まれたときに痛いとか怖いとか怪しそうとか、敬遠したかった気持ちと同じか、それ以上に強い警戒心を持っているようだ。兄に強制的に命令されたようで、そ のことも気に食わなかったらしい。
ケンジくんは、山猿に似た助教授の佐々木の弟だけあって体は丈夫そうだ。大学時代はアメフトをやっていたんじゃないかというほどの体格だ。手荒な強制連行をしようとしても、かえって山猿が叩きのめされることだろう。
なかなか通院までのハードルが高そうなケンジくん。
だからまずは僕が彼を連れてフランクにそれとなく引き合わせあげるようにということだった。

心 体融和道に午後9時に、僕とケンジくんが到着。ケンジくんは「俺は、時間のムダだと思うんだけどなぁ。施術なんて非科学的なものでしょ。現代医学では認め られてもいないそうだし。危険だよね、きっと。痛そうだし。」どこか僕もいったことがあるような、恐怖交じりの声だ。でもケンジくんは偉い。だれかに背 負ってもらって強制連行されたわけじゃなく、自分の足で歩いてきているんだから!

ケ ンジくんはフランクに合ったとき、やはり僕が感じたようなフランクのやさしく誠実そうな雰囲気に包まれたようだ。人は本能的に自分に対して攻撃しようとか 策略を隠していたりすると、どうしても居心地が悪く感じてしまう。だがそのような発想を消してしまうほどの、サンタクロースをみたらこんな表情をするのか なという反応を取るのが精一杯だった。
フランクは特別な精神修養をしてきたのだろうか。この施術の仕事をすることで、少しずつ自分の内面を磨いてきたのだろうか。それは彼の大きな財産。売り買いできない宝物だ。

フランクは僕たちに昆布茶をふるまってくれた。そしてケンジくんが心が落ち着くまで、普通の世間話、つまり助教授の佐々木の話で盛り上がって、30分は過ごしただろう。

フランクは「今日のコペルの講習に、ケンジくんに一役買ってもらいたい」と提案してきた。ケンジくんはなんのことだかわからなかったが頭をすぐに下げてうなづいてくれた。僕もこれからなにが始まるかはわからないのに。

フランクはいう。
「よかった。それでは今日はペアでマッサージをする実習をしてみようじゃないか。別にコペルは施術者になりたいわけじゃないのは、私はわかっている。だが施術をするものの視点を持つことで、自分の体を客観視することができるから、そのセンスで自己内観すればとても役立つということになるんだ、いいね」

フランクは続けた。
「ではさっそくはじめようじゃないか。ケンジくん、このワークベッドの上にうつぶせになってくれないか?」

「は い。わかりました。僕は痛みには強いほうだから、別にボキボキされても壊れはしないです。存分に実験台にしてもらってかまいませんよ」と男気のあるケンジ くんはいわれたとおりにした。さすがに僕はもうそんなことをするはずないと察しは着いているのだが、ケンジくんは、どこぞのバキッ、とかウォッ~と叫びた くなるような手荒な整体を思い描いているらしい。
僕は、「ケンジくん、ありがとう。ただきっと大丈夫だと思う。フランクは痛い施術をすることはないし、僕もぜんぜんそんなことはしようとは思ってもいないですから。安心してください」

フランクは机の引き出しを引いて、中に重ねておいてあるタオルを取り出した。それも5枚くらいの枚数になる。なにをするのだろうか?

まずフランクがケンジくんの体をチェックしていく。体の細部をみていきフランクはうなづいていた。
多くの体の硬化した部分を見つけたのだが、特に臀部がコチコチというかカチカチという。
「たとえば臀部の表面は表層の皮が分離してゆるく動く感じだが、その下は梨状筋や中臀筋も固いし、骨盤を取り囲む靭帯群がほとんど骨と同じほどの固さになってしまっている。仙腸関節もほとんど動くことはできない。
肺と臀部の問題はリンクしているので、臀部が固いと肺機能が活躍しにくいと、東洋医学ではいうのです。ケンジくんは、いま、いつも呼吸が実際に苦しくて仕方ないはずでしょう」という。


「コペル。ケンジくんのお尻をチェックしてみて」
「すいません。ケンジくん。触らせていただきますね」
「あまりかわいくないもんですけど。どーぞ」とケンジくんの了解をゲット。

そして触らせていただいて驚いた。フランクが言っている言葉通りのことが僕の指先にも伝わってきたからだ。
子 供のころの町工場の職人さんに「素人はわかるものじゃないよ」といわれて研磨してフラットにしなければいけない真鍮を渡された。確かに必死に真鍮の表面を 触ってみても、僕にはすでにまっ平らになっているとしか思えなくて悔しかった。そんな記憶があるため、フランクのような職人として長年鍛えていなければ、 人の体の小さな凹凸なども見えないし、わかって大きな筋肉の固いところ程度だろうと思っていた。だが目を閉じて指先の感覚を最大限に開いていくと、髪の毛 の太さ程度のものも鉛筆の太さ程度の大きさにも感じられている。

「フランク。僕、指先でものが観えるよ!」驚いてフランクの目をみた。

「それは上々ですね。
今までの修行の成果かもしれません。
立 禅で気を丹田に鎮め肩関節をベストポジションに据え置けば、指先が高性能のセンサーに変わる。そしてコペルは今、ケンジくんの体の表面だけを見ればいいと いう素人感覚を持たずにいる。どの深さに目的のものが埋まっているのかを見つけないと意味がないということがわかっているんだね。ケンジくんの真の問題点 はもっと奥にある。視覚で眼球でとらえられるものじゃない。内部感覚で自分の内側を見てきた観察眼は、みようと思う場所が自分の体内部分だけではなくて、 もう少しだけ拡張できることも、触覚的にわかってきているのかもしれない。
あとは体をチェックするときのする側の姿勢は、多くのときは膝を曲げて股関節をうまく使い脊椎をまっすぐにして測るものだ。その力も立禅で養われていたということになる」

「そうか。気づかないうちに僕は、少しずつ施術をするための基礎をフランクから習っていたようなものなんだね」
「ハハハッ。結果的にそうなるかもしれないけど、別にそうしようと考えてはいないよ」

フランクは続けた。「じゃあ、タオルを利用したマッサージ法を教えていこう。日本には寒風摩擦という健康法がある。風が吹きすさむ寒いときにたわしや荒縄などをつかって体を摩擦をするものです。血行がよくなってマッサージ効果も高いものです」

「タ オルでこすり付けるようなやり方ならばそんなに痛そうじゃないですね。もし手の指先などで深い筋膜層を圧迫しマッサージするときには、狭い点で皮膚に当た ると痛みが出てしまうときもあるから、あまり強く押せないわけだから。タオルが目的部分に密着する量が増える。摩擦面が広がる。そうなれば圧量を増やすこ ともできるから。痛みが少なく効率的に患部に摩擦熱を与えることもできるでしょうし」

「コペル。なかなか鋭いところをついてきますね。さすがは機械工学。ほとんどそのイメージどおりです。そのような痛みを軽減させ摩擦熱を増やすメリットがあるため、マッサージを受けるものは快適なんです」

フランクは説明を続けた。
「ちょっとケンジくん。実験に付き合ってください。もしナックルで臀部の奥にある梨状筋にアプローチするとしましょう。ちょっとだけ力を入れますが、痛かったら言ってください」
そういって臀部の中央部分を押した。
するとケンジくんは、「うっ」という軽いうなり声を上げて、身を固くした。
フランクはそんなに強い力をかけていないように見えたのだが、ナックルの拳の突起部分があたると、炎症で強烈な痛みが内側から表面にでてくるわけだ。
「じゃあ次にタオルを数枚重ねた状態で患部と私の手の間に挟んで圧をかけてみるよ」
そ ういってからかなり強烈な力をかけていく姿がみえた。フランクの腰が入っている!こんなに強い力をかけたら、いくらタオルをはさんでいてもケンジくんはか なり痛いんじゃないかなぁ。恐る恐るケンジくんの表情が見えるところに回り込んでみた。すると先ほどの表情とは打って変わって、痛そうなそぶりさえなく、 気持ちよさそう。

「フランク。今、かなり強い力をかけているように見えるけど・・・。ケンジくんの表情は痛みをそれほど感じていないように見える。患部に直接圧がかかっているわけで、そこまで痛くないとは、ちょっと信じられないんだけど」

「人 間はね、凸凹した圧とか突起した部分がある圧を受けるとその一点に意識が集中してしまう。そうするとその不快感は強く感じてしまうものだ。それがタオルで 圧が均一化されて押されたり、または狭い一点に圧が偏るようなことがなくなると、患者の体の皮膚や患部の筋肉も広い面でその圧を受け取ろうとするんだよ。 単純だけど、鉛筆の尖った芯のほうで突っつかれるか、鉛筆裏についている消しゴムの部分で突っつかれるかほどの違いを感じ取れるわけ。その差は、鉛筆の芯 のある尖ったほうで突っつけば、強すぎれば傷ついたり怪我をするが、裏側の消しゴムのほうであればあまりそのような危険なことは起きない。つまりこれを応 用しているから素人がこの方法でマッサージをするときには、とても安心だし、受ける人もダメージが少なくて心地よいという特徴があるんだ。じゃあ、こんど は君の番だ」

「わ かりました。じゃ、タオルを・・・あれ。最初は手で押せだって?そんなかわいそうなことはちょっと。軽く押すだけでいいからって。・・・ごめん、ケンジく ん」ケンジくんの「うぉっ」という爆裂的な雄たけび。別に強く押しているわけじゃない。ケンジくんが固くなりすぎて、炎症が強すぎるためだから。あまり強 く人の体に圧をかけたり、押したりすることは、今までしたことがないから、気分的に気が引けてやりづらい。なんだか患部が皮膚の奥にあるのがわかっている けど、そこまで手を伸ばして圧をかけたいが、こわごわした感じでしか、どうしても触ることができなくて。人の体を触ることの怖さを、はじめて知った。苦手 だなあ。。。

次 にフランクがタオルを8枚重ね程度の厚さを作った状態にして、結構クッション性を増したタオルを作ってくれた。今度も同じように圧をかけようとするが、な んだかタオルを押しているという感覚が強くて、直接ケンジくんの患部を触れてしまおうとしているような緊張感は薄れている。というか、ほとんどない。圧を かけていいかどうかのプレッシャーが、先ほどの1/10 ほどに感じられる。不思議な感じだ。それに、クッション性のあるタオルをはさんでおくと、圧迫をさ れる人も痛みが少なくなるんだけど、僕の手も痛みがなくて快適なこともわかった。だって体重をいまぐぐっと乗せても、ケンジくんの体の凹凸をうまくタオル が均一にしてくれるようで、僕の圧を伝えてくれるから安心だし僕の手はぜんぜん痛くないし。
「!」
「しまった。ごめん、ケンジくん!つい強い力をかけすぎてしまった」
不用意に強い力をかけすぎてしまった自分の行為に驚いてしまった。
「コペル君。ぜんぜん俺、痛くない。痛気持ちいいっていう感じで、ちょい癖になりそう」っていって本当に余裕を感じているようだ。

これには僕もびっくりした。単純にタオルを間に挟むだけで、これだけ受ける人の体を守ってくれているんだと。

フ ランクが僕にいった「ケンジくんの体で固いところを僕はいくつかみつけました。たとえば骨盤底筋の近所だし胸骨周囲の肋間筋のいびつな萎縮だし、首筋の斜 角筋や胸鎖乳突筋だし、頚椎だし、仙腸関節周辺だし、ふくらはぎだし。これらはかなり深層部までしこりが石灰化しています」
「石灰化って?」
「筋 肉を取り巻く筋膜組織や靭帯や腱などのコラーゲン質の軟部組織が硬化したり、ときには関節周りにカルシウム成分が漏れ出して関節に楔状の石のようなものに なってしまう。このようなものをゆるめるには、先週お伝えしたカウンターストレインだけでは、なかなか太刀打ちすることができません。できるならばカウンターストレインである程度患部をやわらかくしてから、今回のタオルを使ったマッサージをおこなうのです。そうすれば大変に効率よくとりにくいしこりの部分をも緩めることができるようになるのです」

「なるほど。技を複数使い分けてことに対処せよ、というのですね。勉強になります」


「それでは次にもうひとつ、問題点を見てみよう。今度は膝裏のこの出っ張っているところをみてくれますか。ここです。
ケンジくん、ちょっとごめんなさい、軽く触ります」そういってフランクは、ケンジの右ひざ裏を触った。
するとケンジくんは「うぅぅ~ん」という先ほどとは違う痛がり方を示した。
ケンジくんがまたびっくりした声をあげた。

「なんで俺の膝裏にそんなに痛いこぶみたいのがあるんですか?!肩の付け根まで、その痛みが立ち昇ってきたのがわかる。信じられない!」
フランクは簡単に解説を加えると「膝裏のしこりを” ひかがみ”と呼ぶことがあるんだよ。それは操体法という施術の技術でひかがみの解き方という言い方をしていたから、日本ではそう呼ぶのかもしれない。腰が 前に反っていて腰椎が前湾曲していると膝がいつもちゃんと伸ばして膝関節のはまりが悪くなるんだ。そうすると膝の関節にがたつきがでてしまい、それを押さ え込まなければならない。そのとき過剰に膝裏を使ってがんばってしまう。それが月日を経てしこりと化してしまうのです。
ただそのしこりは本人が意図的に作っているようなものじゃないから、なんでできたのかもわからない。むしろ施術を受けたからこんなしこりがでてきたんだろうと勘違いする人さえいる。
あ とは、立ち方や座り方、そして歩き方などの基本的所作振る舞いができなければ、関節周辺にこのようなダンゴ状の炎症体を作るしかない。だから、手馴れた施 術者はそのような問題点がその人にあるかどうかは、その人物と数分対面して観察すると、いろいろと察しがついてくるものです。歩き方や姿勢を機能的にする ことは、体内に不要なしこりを作らない予防にもなるということです」

話を続けた。
「余談だが、膝裏のしこりを押されて肩の付け根まで痛みが伝わるのは、アナトミー・トレインという体のなかの筋肉の連関性を解説する本では浅層のバックラインというものが影響して感じられることなのかもしれない。経絡的な観かたでは足の太陽膀胱経と いうところだろう。そのような知識がなければ不思議なことのように感じられるかもしれないが、筋肉同士の関連性を知っていれば、不思議さはなくて、硬化し た部位の大切な深い情報をケンジくんがくれたことになるのです。ここまで詳しいことを知らなくてもよいが、体のある部分を解いたら他の部分にまで影響がで てくることはよくあること。だから、もしコペルが、その患部を解くとどのような関連した影響がでるか予測が不可能であるときは、解きすぎてはなりません。最低限、少しずつ解いていって安全を確認しながらというようにするべきです

「はい、わかりました。そこから先は専門知識が必要で、それがなければやりすぎてはいけない。そういうところもやはりあるんですね」

「そうなんだ。
体 には恒常性という生物の内部環境を一定の状態に保つ働きがあり、昨日の状態と今日の状態とが急激に変わりすぎることは、ときとして身を危うい状態に陥れる ことがあるので好まないのです。たとえば昨日は体温が35度ある人が明日は40度であさっては45度とかなろうとはしなくて、体は明日もあさっても35度 にしようとするんです。ただ36度のほうが冷え性が治ったりできるはずなのに、それを意識では認識していても36度にはしようとせずに、35度に設定した メモリをあわせようとします。そこを36度にすることの難しさが控えているわけです」

フランクの話は続く。
「これと同じことが体の使い方の癖にもあるのです。習慣的な動き方を覚えるとその動き方を一定に保つような傾向があるのです。
それは体にゆがみがある人ならば、ゆがみをキープするための動き方をしているため体のゆがみはそのまま維持されていくのです。
運動神経や姿勢神経を無意識にコントロールして、今までのゆがんだからだの状態を保存しておくという恒常性はかなり強力なもの。
君が体の使い方を意図的に変えようとしてがんばってみても定着した姿勢や体の使い方に引き戻そうと裏で働くのですから。
慣れ親しんだ居心地のよい状態に君の中のもうひとりが固執してしまう。
この固執から逃れるためにはそれを切り離すべく、いったん生まれたままの感覚にリセットしてしまうしかないんだ」

僕は、ちょっと眉間にしわを寄せごくりとつばを飲んだ。
「怖い話だと思います。心理学的アプローチで禁煙をする本を読んだことがあるんですが、喫煙を正当化するような悪魔の声が禁煙を阻止させようと強く働きかけるようですが、そのような声にならない声が体の中を支配しているのかもしれないですね」
体の中に得体の知れないもうひとりの自分がいるようで、ちょっと恐ろしいように感じられた。だが、もしこの恒常性と戦う武器さえあれば、これは大発見だろうと直感したんだ。それも、それとなくすでにフランクはそのヒントを僕に伝えているんじゃないかとも思う。

フ ランクが言う。「まずは理性で、悪癖を続ける不利益を直視すればいい。損か得かで、明らかに損をしているならば止めたくなるのも人間だ。何気なくやってい るという、自己観察の未熟なときには、損か得かが身にしみて判断できないんだ。これではいつまでも理性が働くためのデータはあつまらないでしょう。その点 は禁煙療法と考え方のベースは同じだよ。
無意識にしている悪癖は、こっそりと隠れたところで暗躍するという習性があるんだ。だから体の使い方を常に検証されて良し悪しを判断されてしまうと、悪さができなくなるんだ。そうするために日常の体の所作を意識的にしていくことが大切になるわけだ。たとえばヴィパッサーナー瞑想という、釈迦が仏陀になるときに実践した瞑想をしていけばいいだろう。
またはサトル・ムーブメントと呼ばれるような性質の動き、たとえばフェルデンクライス・メソッドの実践なども勧めたいところだ。
あとは使い古されてパターン化した動き方を手放すためには、今までしたこともない新たなパターンの動き方のバリエーションを増やして、そのなかから最適な動きを選択することだろう。これにはマイムの動作も参考になるだろうね。とにかく、選択肢を増やすよう自然に振舞う習慣がつけば悪癖からの支配から抜け出しているはずですから」

「なるほど、いわれてみると、思った以上に行き過ぎた恒常性を再検証する方法もずいぶんあるんだなぁ」

「そうですね。コペルにはおそらく私がいま教えたもの以外の、もっと誰にでもすぐ対応しやすい方法を考えてもらいたいな。
コペルニクス的発想でね。

ちなみにだけど・・・・・施術は、すぎた恒常性を維持しようとする部分を、補助的に弱めてあげる役割があるものです。
たとえば体の使い方を丁寧に勉強するには、かなりの時間がかかってしまうでしょう。
それが私の施術を受けて、体の中の内部感覚が活性化するということで、バレエやヨガや武道などをしているお客様も多く通ってくるんです。
動き方を学ぶ自己努力と施術を受けてそれを加速化するのが狙いでしょう」

このような説明は、僕にはとても刺激的だった。でもケンジくんにはチンプンカンプンなことで、気がついたら、不眠症だと悩んでいた彼はもう眠っている。

ケンジくんが寝ている間に、そぉっと僕に膝裏のひかがみのしこりを確認させた。
そしてフランクは下脚を持ち上げて膝下を、梃子の原理を活用して膝関節部分を縮める操作を3度ほどした。
それからまた僕に先ほどの膝裏のしこりがあった部分を触らせた。
すると、たった数度フランクが調整しただけなのに、明らかにひかがみのしこりの量が小ぶりに変わっている。それにケンジくんはまだ眠ったままで、痛みなど感じたそぶりもない。

フランクが今おこなった施術の説明をしてくれた。
「今おこなったのは、オステオパシーの手技の一つ靭帯性関節ストレイン。そのテクニックの応用系でひかがみにアプローチしてといたんです。
そしてこのひかがみのしこりが小さくなると、ケンジくんの腰の張りや首裏の張りなどが少し改善される影響がでているはずだよ」

「なんだかこの靭帯性関節ストレインというテクニックも不思議な施術ですね」

「不思議かもしれないですね。本当にシンプルな方法でものすごく施術効果が高く、即効性もあるから。
これは靭帯や腱などの筋肉組織以外の部位のリリースを狙ったテクニックです。

体の中にあるのは筋肉という赤身の部分がほとんどでという固定観念をはずそう。
靭帯や腱や筋膜などの白い色をしたコラーゲンでできた組織が体の多くの要所を締めていることに気づけば、
靭帯性関節ストレインの必要性はわかってくると思うよ。
靭帯や腱の部分は筋膜が癒着するのと同様に、強いしこりとなってしまうから、それをリリースする方法なんですね」

フランクが、改めて人体解剖図をみせてくれたが、確かに多くの白い部分が筋肉の周囲に含まれていた。観察してみると、本当にそのエリアは大きいことに驚いた。
「靭帯部分の問題箇所を緩めるって、きっとすごいことなんですね。
靭帯部分は関節の周りにあるため、骨格のゆがみに想像以上に影響を及ぼしているはずだから。そこを自在に解けるようならば、体のゆがみを調整するための詳細なメンテナンスができる武器になりそうですね。すごいや」

「そうだね。それに大きな関節の周囲にある靭帯が硬くなるとその周囲の血管やリンパ管などの強烈なダムとなってしまう。
この靭帯性関節ストレインはそれらを緩める有効な技術が紹介されている。
このような靭帯や腱などは一般的なマッサージでは解放する範囲外の部分ということもあり、質の違った成果を体感できる。うれしいところでしょう」

靭帯性関節ストレイン。すばらしいテクニックだと思う。だけど気がかりなことがある。。。
「ただ・・・僕のような素人が人の体を触るときには、壊しはしないかという緊張感があって。どうしてもおっかなびっくりしてしまうのです」

「そ ういうものだと思うよ。私もいまだに施術をするときは恐ろしい。恐ろしい緊張が襲ってくるものだ。やめて逃げたくなるようなこともある。それが本音だよ。 もしかしたら施術のミスで人を殺してしまうのではないかとうなされるほどだ。だが私は中途な気持ちで逃げ腰になるよりは、恐ろしいからこそ人の体をもっと 知って、その恐怖心を乗り越えようと考えているのです」

「恐ろしいから止めるか、恐ろしいから真剣に立ち向かうかか・・・。真剣に立ち向かうならば、利益は大きそうですね。ただ、今の僕にはちょっと施術の山はチョモランマほどの高さに思えてなりません」

「施 術家にコペルはなりたいわけじゃなくて、自分の体と向き合って、健康を取り戻したいというのが目的だ。だから私がやるようなところまで時間や労力をかけて 取り組まなくても問題ないだろう。少しだけでも施術とはどういものなのかが認識できているならば、今後の君の健康の維持や促進に役立つかどうかの真価が判 断できるようになるだろう?それだけでもいいじゃないか」

「なるほど、その通りですね。おかげで施術が僕にとって役立つツールだということが、手の感覚でわかるようになってきました」

「それはよかった。蛇足ではあるが、コペルに、マイムの動きを練習したらよいといっておいた。この技術を施術をするものが取り入れれば、施術精度を高められる。
だからタオルを使ったマッサージをしたり、カウンターストレインをするときも、このマイムの技術がとても役立つようになっているんだ。だから君はがんばってマイムの練習をしていたから、何度か実践を積めば妙にうまくなってしまうかもしれないよ」

「うぅ~ん。やっぱり施術をやるようにって、きっちり仕込まれているような気がしてきましたよ(笑)。
確か僕にフランクがノートに書いてくれた図に『体の操縦法』『施術のノウハウ』『こころの操縦法』というものがありましたよね、体の操縦だけではなくて施術のノウハウも僕に最初から教えてくれようとしていたんですね!」

その後、フランクから僕の体にしておいたほうがいい一人でもできるタオルを使ったマッサージ法のレシピをくれた。靭帯性関節ストレインは、どうしてもペアでなければできないから難しいのだがということだが、資料として僕の体に必要なテクニック法をコピーして渡してくれた。

そしてケンジくんは、僕らの講習が終わったごろに目覚め、ひとり、「ここはどこ!?」とパニックを起こしていた。ただケンジくんは、何年待ってでもフランクの施術を受けたいという決心がつき、心体融和道のWaiting Listに登録してもらっていた。

施術家ごとに、どのような施術をするかはそれぞれだ。同じ整体やカイロプラクティックなどと名前がついていても、どのような施術をして、それが自分にマッチするかどうかは、実際にその施術に触れてみることがなければわからない。
そんなことをケンジくんを見ていて強く感じた。もっと気楽に施術家の施術を見学できたり体験できる機会があればいいのに。そうすれば現代医学という選択肢の次に民間の施術家の施術を受け入れてもいいと考える人もでてくるのだろうか。

ケ ンジくんと一緒に駅まで歩いた。しきりに未来に明るさを感じられてきたと喜んでいた。フランクの技術についてはケンジくんはぜんぜん良いも悪いも今日のと ころはわからなかったはずだが、フランクの人柄が彼に勇気を与えてくれたのだろう。わかるような気がする。フランクみたいな人は、いそうでなかなかいない よなぁ。
そんなことを考えて、助教授の佐々木に借りは返したとにんまりする僕でした。






第十二章(最終章):『全生の誓い』

そうして第五週目の講習が始まった。
朝の7時に呼び出された。
呼び出された先は、谷中、全生庵という臨済宗のお寺だ。毎朝(除日曜日)午前5時~7時で座禅会をしているらしい。僕は早めに着き門の外で座禅会が終わるときを待っていた。多くの人たちにまじり、フランクもでてきた。
「やぁ、おはよう、コペル。最近は学校もないことだから、まだ眠いころだったろうか」と僕を気遣ってくれた。
「そんなことはありませんよ。僕は少しずつ体の変化を感じ取れてきて、どれほどこの日を楽しみにしていたことか。話したいことがたくさんありすぎて」

フランクが今日の講習内容を教えてくれた。
「今日が約束した講習の最終回になる。そこで今まで『体の使い方』と『施術のノウハウ』についてみてきました。そして最後は『こころの操縦法』ということにしよう」

座禅の修行の場でこころの修行とは、似合っているな。
「ここ東京都台東区谷中の普門山全生庵。開山は山岡鉄舟先生だ。全生庵の全生とは、「生」を常に「全力」で全うしようという意味だろうと思う。
全力で生きるという言葉を使うのはたやすい。だがその言葉通りに生きるとは、どうすればよいか?・・・。考えてみると、これこそ禅問答の世界にいたることだろう。
怠けたいという悪魔のささやきから身を遠ざけるためにはどのようにすればよいか。
その方法を知ることができれば、私たちの悩みや苦しみは軽くなるはずだ。そしてそのときに心因性の健康を失わせるタネが少なくなることだろう」

「フランク。それは仏教のお話に通じていることでしょうか。仏教はまだ勉強したことがなくって」

「仏教の話というわけではなくて、もう少しだけ身近な話で説明できればと思うのだけれど・・・・・」

しまった。僕が話の腰を折ってしまったんだな。どうにか、とりつくろわないと。
「あっ、そういえば、山岡鉄舟という名前は聞いたことがあります。高橋泥舟、勝海舟と山岡鉄舟の三人で幕末の三舟といわれていますよね。ですが僕は歴史はあまりわからないのでそれ以上のことはわからないのですが」

「そうか、山岡先生の名前だけでも知っていてうれしいよ」
フランクは僕を寺の裏手にある墓地へと連れて行った。そして墓地領域の中央当たりに、一際大きな立派な墓石があり、その場まで足を進めた。そしておもむろにフランクは語りだした。
「ここがその山岡鉄舟居士が眠る墓です」
フランクは神々しい神を見つめるかの瞳で墓に目を細めている。僕には偉業をなした人とはおぼろげにおもうばかり。その実感がわかない。


「山岡鉄舟先生とは、どのような方だったのだろうか・・・」フランクと二人で手を合わせながら、ずっとそのことを思っていた。それがわからなければ、目の前の墓の下にいる山岡先生に申し訳ないし怒られそうな気がしてならない。
フランクが小声で僕に山岡先生の偉業をかいつまんで教えてくれた。
「山岡先生は、一刀正伝無刀流を開いた、剣・禅・書の達人として知られた御仁です。江戸城を無血開城するときの影の功労者ともいわれています。山岡先生のことを伝える書物を読んで感銘を受け先生を慕うものは多い。そのなかの一人が私だということです」

フランクは話を続けた。
「第一回目の講習でボディスキャニングによる身体チェックをしました。君のなかに眠っていた内部感覚を取り戻したわけです。内部感覚を感じないようにリミッターを、そのときまでかけ続けていたのです。

では、考えてみてほしい。
なぜ君はそんなにも大切な感覚に覆いをかけて無視していたのか。その理由を」

「えっ、そんなことは考えてもみなかったですけど。
今の僕は五感を越えた内部感覚が、誰にでもあると思う。極端な話だけど、犬や猫もこの内部感覚で体をチェックして健康を維持していたのだろうとさえ、考えている。でもそれに気づいている人は、特殊な能力を持っている人とか瞑想に取り組んでいる人とかかもしれないなぁ」

「せっかく、ここの地にいるのだから、少し話を飛ばせてもらいましょう。
山岡先生の禅道の弟子には三遊亭円朝がいる。コペルは円朝を知らないかもしれないですね」

「はい、さすがに存じ上げません」

山岡先生は、円朝に”舌でしゃべるな”という禅問答のようなことをいったようなことを覚えている」

「舌でしゃべらないって、・・・やっぱりパントマイムですか?」
「いやいや、そうではないと思う。
山岡先生がいいたかったことを私が推測するとこうなります。舌先三寸でしゃべるな、です。いくら話術に技巧を尽くしたとしても、技巧以前のことを大切にしなさいよ、というこてでしょうか」


「山 岡先生は若いころ浅利道場の浅利義明という御仁と、剣の立会いをしたことがある。鉄舟は義明の気迫に押され、最後は外に出され戸を閉められた。翌日、鉄舟 は入門し非礼を詫びたという。山岡先生は、9歳からすでに直心影流の剣術を学んでいたつわもの。それに身長188センチで体重105キロと大柄な体格。だ から浅利義明の、剣聖としての境地をほめるべきだろう。
入門後も浅利の剣が頭から離れず、精神的にも追いつめられていったという。
そのときに山岡先生は、禅の境地に達した。剣の境地に入るものは、心をも大切にしようということですね。
剣禅一致という沢庵和尚の「不動智神妙録」にある言葉でいいあらわしてもよいでしょう。剣道の究極の境地は、禅の無念無想の境地と同じであるということ。

ただこれは剣道だけではなく、芸の道でもそうだということです。その視点で円朝に山岡先生は指導したのでしょう」

「禅の境地、ですか・・・」
僕の頭には、禅という言葉から連想するものは、質素、水墨画、枯山水ぐらい。困ったな。


「円朝も、必死に修行したそうだ。のどから血が出るほどだという。だが山岡先生ならば、”ムダな力みがあるからそうなる”と手厳しかったのでは。
体と心のすべてをつぎ込んでこそ、芸は生きる。
真剣で立会いをするときほどの気合を求めたことでしょう。

まだ十分ではないといわれるばかりの円朝も、つらかったことだろう。
だが山岡先生には、いい加減に批評する人間ではないとわかっていたから来る日も死に物狂いでがんばった。
そうしてようやく芸を先生にほめられるようになり、人情話に開眼したと伝えられています。それが今も残る三遊亭の初代のお話です」

「壮絶な師弟だったんですね」

「その師弟のよしみは今も続いている。この山岡鉄舟先生の墓の右のほうだ。そこから死後も山岡先生をしたって円朝は今もそばにいる」

「本当だ。円朝の墓がある。。。」
僕はこの二人の仲のよさはうらやましくなった。師弟でありながら、互いに尊敬しあう思いがつながっている。

「さぁ、私たちの後ろに他の参拝者がおみえになられている。もう少し人の邪魔とならないところで、今日の本題へ入ろう」

「はい。山岡先生ありがとうございました。お邪魔いたしました」
手を合わせ深々と二人で一礼して、その場を後にしました。


僕たちは歩き続け、根津神社まで戻ってきた。
そして第一回目の講習でお世話になった乙女稲荷の神域に入った。
神域ですべき話ではないと、僕も思うのだが、フランクが常に信仰している大切な場所だから、ここでなら自分の考えを伝えられるという。
お参りをさせていただき、参拝のひとに邪魔にならないよう、参道の大木の根元あたりで話し出した。

まずは僕から口を開いた。

「フランク。僕は、しばらく黙っています。あなたの言葉を頭だけで理解しないように、頭を空っぽにしてハートで聴くようにしたいからです」
ここからしばらくはフランクの言葉を、僕は黙って聞き続けよう。

彼の考える”こころ”とはどのようなものだろう。
こころ”といわれても、空に浮かぶ雲のような印象でしかない。
形は風まかせで変わってつかみどころもない。
遠くにあって手が出せないようなもの。

こころと感情との違いさえもわからない。



「わかった。
こころとは、私にしてみても操縦が難しいものだ。
口で伝えようとしても、伝わらないものだとも思う。
ただ、コペルに聞いてほしいところだけを、少し話しましょう」


しばらくフランクの言葉が続きます。

「人には、ものごとを抽象的にとらえる能力がある。それが行き過ぎると、具体的なものを見ていても脳の中の虚像しか見えなくなるんだ。

おそらくこんな理由でおきたことなのだろう。
自 転車をはじめて乗ったとき。倒れたら体をしこたま打ち付けてしまう怖さに緊張している。ハンドルをどう扱えばいいか、どのように漕げばいいか、重心をどの ようにバランスコントロールするか。多くの手順を試行錯誤しながら乗る練習をする。だが1年も乗り続ければ、重心をどうとるかとかハンドルのさばき方とか を頭を使って考える必要がなくなってしまう。それは人間の小脳のなかに自転車を乗るときの手順をパターン化して記憶する機能があるからだ。過去の記憶にも とづいて、一度覚えたことはたやすく再現できる。自動的に体を動かす便利な仕組みだ。

いくつかの手順をパターン化する。
それはエネルギーロスを減らしたいからすのです。

大脳を使わずにものごとに対処できてしまうから。
大脳が多量のブドウ糖を消費しなくても済むから。

ルーチン化できる仕事は、積極的にルーチン化して自動処理していったほうが、仕事のテンポがよくなってはかどると考えているから。


便利な機能といえばその通りだ。
一度書いたプログラムは同じプログラムをもう一度書くような手間を省いてくれるわけだから。


人間の動き方や姿勢もそうだが、考え方や信念などのプログラムも一度造りだすと、
そのプログラム通りにしか動けなくなる。まるでロボットのようなではないか?
これが私たちの生命力を失わせる罠だ。


そのネックになることとは?

ひとつめ。
一度作り上げた動き方のプログラムにミスがあっても、そのミスに気づかずに使い続けてしまう。
ミスに気づいても、よほどの問題を痛感しなければやり過ごしてしまうだろう。

ふたつめ。
誰かが苦労して作り上げたプログラムがあれば、そのプログラムをそのまま学習してしまう。
刷り込みという学習機能だ。
短時間でどのような自分にもなれるわけだが、
刷り込まれたプログラムが強力なほど、無条件にその設定を受け入れてしまう。
なんら検証もうなく・・・。
そして、それをしのぐ機能をもったオリジナルなプログラムを書こうとしなくなる。



人間は、利便性と引き換えに、成長し続ける能力を失うことがあるんだ。


ジッドゥ・クリシュナムルティは、「あるがままのものを、あるがままにみよ」といっていた。
きっとこの言葉は禅の境地にも通じている。



感情も状況により移り変わる清流の水のようなものです。
喜びも、楽しさも、怒りも、苛立ちも、悲しみも、苦しみも、ねたみも、恥ずかしさも。

現れてきたものをあるがままにみつめて、あとはすべてさっぱりするほど下流へと流し去ればいいと私は思う。

100%の心と感情を含めたすべてを見つめ続ける。
いったんはそれを受け入れて、100%を捨て去ればいい。

その潔き生き方を伝えるのが山岡先生のような気がするですよ。
西郷をして「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と賞賛させたといいますからね。



天が私たちに与えたすべてを受け入れていく。
どんなことも不断の連続の一瞬をとらえて。
そのためには体の目、耳、鼻、口、体表感覚、それに細胞すべてのセンサーに気を配って。

100%を受け入れても、100%を捨て去ればまったく疲れないですむ。
そして100%捨て去るから、また100%を受け入れられる。

ピュアな感覚器官を維持するためには、
天の申すままにの受けて続け、
流し去る循環があるのだろう。

今、私の愛娘の純粋に屈託のない生きる姿を見て、確信することができました。
彼女の外界を見つめる瞳には、まだけがれがなく天の心が見えているはずだ。」

ここまでフランクは、ゆっくりした口調で話してくれた。
ただ残念ながら、いまの僕には言葉の表面でしかわからないような気がする。
いつかはわかる日もくるかもしれない。



僕は、フランクのいう天の申すままにという言葉で思い出したことがあった。
「そういえば僕は野口整体野口晴哉先生の本を読んでいるのですが、晴哉先生も興味深いことをいってます。
人は互いに暗示を掛け合いながら生きているそうで、その呪縛を解くことに真剣に取り組んでいたそうです。
その晴哉先生も天心という言葉を大切になさっておられたと思う。天心とはどういうものかのさわりだけ、ちらっと見えたかもしれません」

「そうだったね。私も野口晴哉先生の本は数冊、読んでいます。
野口晴哉先生は、活元運動という錐体外路系の自動調整能力を活かした自働運動を使った整体をしたり、愉気法という気を高めて体の状態を健康にする方法を広めた整体界の巨星です。潜在意識教育関係の本も出版されている。

野口先生は、ときどきお宅に訪問したものに興味深いデモンストレーションをして、暗示の呪縛を実感させたらしい。
気合を使う瞬間催眠をかけて体をぎゅうぎゅうに締め上げられる暗示をかけて、暗示だけでこれほどひどく苦しい状態になるのかと諭したという逸話です。

人とは気づかぬうちに自ら苦しめるような暗示をして受け入れてしまい、それにより身を固め病を引き起こすことがあると見抜いた野口先生の洞察と行動力には驚かされます」


「今まで僕は心の話とは”気分の問題”と思っていたんだけど。とらえ方が甘かったような気がします。
僕の体のしこりやゆがみにも関係あるということなのですね。
そして、もし僕の心が天心になれば、赤ちゃんのようなみずみずしく若い体になっていく。

実は体の中のしこりも、僕がそれをこさえ続ける暗示をかけているから、それは消えなかった。いや消せなかったんだ。
それなら体を施術で解くだけでは限界があって、その次には心の癒着をはがせっていうことなんですね」

「よくわかってくれたね。そこが私が伝えたかった根っこなんです」


「100%受けて、100%流しされというマインド・スタイル。心がけてみたいと思います」

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「さぁ。これで私の5回の講習は終わりです。コペル、よく着いてきてくれましたね。ありがとう」





























あとがき

内村鑑三が星野温泉若主人に『成功の秘訣』という十か条をしたためていました。
先頭を切って語られた秘訣は次の言葉でした
一、 自己に頼るべし、他人に頼るべからず
です。
相手への過ぎた依頼心は、自らの成功を遠ざけることになるという戒めでしょう。

すばらしい施術者がいたとしても、相手に依頼心を強く起こさせ、本人の努力が不要のように錯覚させては、
たとえそれが大変に役立ったとしても、一時的に人をよくすることがあっても、結局はその人自身のためにはなりません。

自らのからだとの対話を推し進めていくことが、天の声に適うことと思います。
急がずに、じっくりと自らの健康財産を増やしましょう。

コペルのように体の使い方や施術を学ぶのも一例ですが、
からだとの対話方法はそれぞれの好み次第でいいと思います。
楽しみながら取り組んでいきましょう!

2010年3月10日 

ボディワイズ  鈴木政春


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