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動中求静 - 身体各部の動きから力を抜いてゆっくりさせ、気持ちを集中し精神を統一させてゆったりした感じをもたせます。

身体各部の動きから力を抜いてゆっくりさせ、気持ちを集中し精神を統一させてゆったりした感じをもたせます。

・柔和な動きで、動作の中に静かな落ち着きの表情を求めていく。

・「静中求動」ともいう。呼吸、体内の諸器官もすべてとどまっていない。

・無駄な力が抜け、呼吸は動作に合わせて静かにゆっくり。しかも力強く。

「動中求静」とは動く中に静けさを求めるという意味。日常良く使われる「動中静あり、静中動あり」という言葉とも共通しています。

太極拳は動いている時にも禅のような内面の静けさを失ってはいけません。

そこで太極拳を「動く禅」「行禅」などとも表現するのです。

動きの中に静けさがなければ、動きがあわただしく、粗雑になりがちです。

静かに落ち着いた精神をもって体を動かす、その動と静の調和によって美が表現され、健康が得られるのです。

日常の暮らしについて言及するならば、あわただしい時にこそ心を落ち着けて、静かに行動することが肝心だと言えましょう。


生き生きとした太極拳の動きではあるが、その動きの中に「心静」「体鬆」「気沈丹田」などの要求を満たしていることが大切である。 動と静・虚と実・剛と柔など対立・矛盾する両者であるが、この言葉には対立・矛盾の中に整合性・合理性があることを認識し、太極拳の運動の過程で両立・共存させていくということを理解し学習していくことが必要である。

静中求動」「虚中有実?」「実中有虚?」「剛の中に柔を住まわせる」、「柔の中に剛を住まわせる」。このあえて矛盾した両者を両立・共存させる意味は、たとえば、「剛」「沈」「活」などが「硬」「重」「散」になることを避け、また「鬆」「柔」「軽」が「軟」「浮」などになることを防ぐことになる。


外面(身体)はとだえることなく動き続けている中で意識(精神)は安静を保ち、冷静沈着に心と身体を観察しコントロールする事。 心と身体、又は意識(気)と動作の「静と動」この高まりとバランスによって本来の太極拳である外柔内剛の表現につながる。

人の身体や感情はいつも一定ではなくめまぐるしく変わり活動している。 ただその時々の自分の感情や起こる現実にふりまわされるのではなく心は常に安定して落ち着いていられること。 どんな時でも(辛い&苦しい時ほど)自分自身の感情の主となり自分を俯瞰ふかんできれば人生の達人になれるかもしれない!?


外家拳術は跳躍し、気力を尽くしますので練習後息が乱れます。

太極拳は、静をもって動を制し、動ではあるが、益々静めるので緩慢なほど良いわけです。

ゆっくりするとは呼吸を深く長く、静かに沈め、血行をすみやかに流すことです。

細心の注意で体得していけばその奥義を得ることができます。